【書籍紹介】災害ユートピア――なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか
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「災害」という言葉に、「ユートピア(理想郷)」というポジティブな言葉が連なることに、一見して違和感を覚えるかもしれません。本書は災害後に時として立ち上がる、私たちが求める理想の社会――温かいつながりのあるコミュニティ――について理解を深めるノンフィクション作品です。
日本人の被災後の行動は、世界からしばしば賞賛を集めます。2011年の東日本大震災では、暴動や略奪が発生せず、配給には秩序正しく行列ができ、避難所では物資の分配が自主管理されました。住民たちが冷静に助け合う姿が世界的に注目されたのです。こうした助け合いの精神は、1995年の阪神・淡路大震災や、1923年の関東大震災などでも見られたことが記録されています。
では、このような文化は日本に特有のものなのでしょうか。本書の著者、レベッカ・ソルニットは、サンフランシスコ地震(1906年)、メキシコシティ地震(1985年)、アメリカ同時多発テロ(2001年)、ハリケーン・カトリーナ(2005年)などの事例を分析し、被災地での人々の行動が一時的な「ユートピア(理想郷)」を生み出すことを明らかにしています。著者は、災害時には通常の社会階層や制度的な権力が崩れ去るため、人々が本来持つ利他性や共感が発揮されやすくなると指摘しています。この結果、ボランティア活動や自発的な支援ネットワークが形成され、国家や政府よりも迅速かつ効果的に救助活動が行われることがあるのです。
例えば、2005年に米国南東部を襲ったハリケーン・カトリーナでは、甚大な被害を受けたルイジアナ州ニューオーリンズで市民たちが互いに助け合いました。しかし、政府やメディアは「暴動が起きている」「略奪が横行している」と誤った情報を流しました。その結果、救助よりも「治安維持」が優先され、本来は助けを求めていただけの人々が犯罪者扱いされるという悲劇が生じます。ここから、政府の対応と市民の実際の行動の間に大きな乖離があったことが浮き彫りになります。
一般に、災害が発生すると社会は混乱してパニックが広がり、人々は自己中心的に行動すると考えられがちです。しかし、著者は多くの事例を検証し、それが必ずしも事実ではないことを示します。むしろ、人々は互いに助け合い、強い共同体意識を持って行動することが多く、この現象を「災害ユートピア」と呼んでいます。災害時には、社会的なヒエラルキーや制約が一時的に機能しなくなることで、平等で協力的な関係が築かれ、人々の利他的な側面が引き出されるのです。
つまり、この現象は日本に特有のものではないのです。しかし、日本では他者への思いやりを重んじる文化や、階級間・人種間の対立が比較的少ないことから、「ユートピア」の側面がより強調され、世界的に注目されるのかもしれません。

しかし、残念ながらこの「災害ユートピア」は長続きしません。復旧が進み秩序が回復するにつれ、社会制度や権力が再び確立され、共同体の絆は弱まっていきます。著者は、政府や権力者が災害時の市民の自主的な結束を「無秩序」とみなし、管理しようとする傾向があると指摘します。災害時に市民が自主的に助け合い、効率的な救助活動を行うことで、政府や警察、軍隊の権威が揺らぐことを恐れ、政府やメディアは「混乱」や「パニック」といったイメージを強調し、災害ユートピアを抑え込もうとするのです。
例えば、ハリケーン・カトリーナの際には「略奪」が問題視され、軍が派遣されました。しかし、実際には多くの人々が生き延びるために食料や水を手にしていただけでした。こうした「パニック神話」は、政府や権力者が災害時に市民の自主性を抑え、管理しようとする意図の表れだと著者は述べています(この主張には、反権力思想やアナキズム、リバタリアニズムの影響が色濃く感じられます)。
本書は、災害時に現れるこの特別な共同体の可能性を、日常社会にも応用できるかという課題を読者に問いかけます。現代社会では個人主義が浸透し、分断や孤立が進んでいますが、「災害ユートピア」は人間が本来社会的な生き物であり、他者に貢献することに喜びを感じる存在であることを思い出させてくれます。競争的な資本主義社会では、こうした善性が覆い隠されてしまいがちですが、災害という極限状態がそれを垣間見せてくれるのです。
災害時には人々が互いに支え合い、共感に基づいた関係を築くことができる。著者は、この人間の本来の特性を生かし、平時にもより協力的で思いやりのある社会を作ることが可能ではないかと主張します。いま改めてコミュニティの重要性が強調されるのは、それが失われたとき、人間が善性を発揮する機会も失われてしまうからではないでしょうか。
私自身、都市生活を送る中で、近隣の人々の顔を思い浮かべることが難しく、現代社会の「陥穽」にはまり込んでいることを痛感します。著者は、災害に対する備えは単なる物資の確保ではなく、地域のつながりを強化し、共助の精神を育むことが重要であると述べています。災害時の助け合いを社会の仕組みとして組み込むことで、より良い社会を作る手がかりとなるのではないでしょうか。本書は、災害が単なる悲劇ではなく、人々の本来の優しさや連帯を引き出す機会にもなり得ることを示す重要な一冊だと言えます。
(根来 諭)
June 18, 2025
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