ウクライナのドローン攻撃が示す戦争のパラダイムシフト

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2025年6月1日、ウクライナによってロシア国内の空軍基地を標的とした大規模ドローン攻撃「スパイダーウェブ作戦」が実行されました。この作戦はその内容、与えた被害の大きさ、そして今後の戦争の様相をいかに変革しうるかという点で画期的なものであり、SNS上の情報から解説を行いたいと思います。

攻撃時のドローンからの映像とされるもの

作戦の概要と被害状況

ウクライナの特殊部隊および情報機関は、数ヶ月以上に及ぶ緻密な計画と情報収集、そして現地協力者との連携のもと、民間輸送を装った複数のトラックで高性能ドローンや制御・通信機材などをロシア領内深く持ち込んだとされています。そして、複数の空軍基地から数キロ~数十キロ圏内に設定された秘密の集結地点へと到達、ドローンを飛ばしました。

攻撃の標的となったのは、ロシアの航空戦力の中核を成す戦略爆撃機(Tu-95MS、Tu-160、Tu-22Mなど)や、それらを支援する戦闘機、給油機、早期警戒管制機などが配備されている4つの基地。これらの基地は、ウクライナへのミサイル攻撃の拠点であり、またロシアの核戦力の一部を構成する戦略的価値の極めて高い施設です。複数の基地に対する同時攻撃を実行するには、高度な作戦計画能力、リアルタイムの情報共有、そして多数のドローンを遠隔から制御する高度な指揮統制システムが必須であったでしょう。

この攻撃による被害で最も注目すべきは、40機以上のロシア軍航空機が損傷または破壊された可能性が高いという点です(ウクライナ側による”大本営発表”であり、そこまで被害は大きくないという見立てもある)。これが事実であれば、ロシア空軍にとって開戦以来最大級の損失の一つとなり、特に製造に時間とコストを要する戦略爆撃機や、高度な電子機器を搭載した戦闘機・特殊任務機の損失は、大きく軍事力を削ぐ影響をもたらします。また、航空機だけでなくそれを取り巻く滑走路、駐機場、燃料貯蔵施設や格納庫といったインフラも大きく損傷したことでしょう。

さらに、この作戦によってロシア側が準備していたとされる何らかの大規模作戦(「ゼウスの雷」作戦と呼称)が阻止されたという情報もありますが、確証はとれていません。仮にそのような計画が存在したのであれば、直前にそれを防いだという点で、本作戦の戦略的意義はさらに増すことになります。

ベラヤ基地から煙が上がっている様子

作戦の成果

このスパイダーウェブ作戦は、その達成した戦果において、これまでのドローン戦術の常識を覆す画期的なものであったと言えます。ウクライナが、広大なロシア領の奥深くに位置する複数の戦略目標を同時に攻撃できたという事実は、ドローン技術が戦術レベルの兵器から戦略レベルのゲームチェンジャーへと進化したことを示していると言えるでしょう。従来、このような攻撃は高価な巡航ミサイルや有人爆撃機に頼らざるを得ず、限定的な使用に留まるか、あるいは大きなリスクを伴うものでした。安価なドローンで同等以上の成果を上げた意義は計り知れません。ウクライナ側が主張するようにロシア軍の戦略爆撃機41機が破壊されたとしたら、ロシアの保有する戦略爆撃機の3分の1が失われ、損害額は計70億ドル(約1兆円)にのぼると推計されます。一方、今回投入されたドローンは標的を自動識別する人工知能(AI)を搭載し、1機あたりのコストは約1万ドルと推定され、全機の製造費用は計2億円程度にとどまり、ロシア側に与えた損害はその5000倍に上るというわけです。

そしてその影響は物質的なものに留まりません。ロシアはこれまで比較的安全と見なされてきた、国内深部の重要施設に対する防空体制の抜本的な見直しを迫られました。これは、前線に展開している防空システムや人的資源を国内防衛に再配置する必要性を生じさせ、結果として前線の防空能力を希薄化させる可能性があります。また、本作戦は、ロシア国内に潜むウクライナへの協力者や偽装手段に対する深刻な懸念をロシア指導部内に植え付けました。この結果、ロシア当局は国内の治安維持とテロ対策を名目に、全土でトラック輸送に対する前例のない規模での検問・検閲体制を敷くことになりました。この措置は、ロシア自身の物流を滞らせ、経済・軍事両面で大きな悪影響が出ているもようです。

大量のトラックが検問に並ぶ様子

さらに、ロシア本土の奥深く、それも軍事戦略上極めて重要な施設が大規模な攻撃を受けたという事実は、プーチン政権が国民に対して約束してきた「国内の安全」神話を根底から揺るがしました。これにより、政権の戦争遂行能力や危機管理能力に対する国民の信頼は大きく損なわれ、エリート層内部からも戦争の長期化と国内への波及に対する懸念や批判の声が(表立っては出なくとも)高まる可能性があります。また、「軍事大国」としてのロシアのイメージは、国際的に一層低下します。これは、ロシア製兵器の輸出市場における競争力低下や、国際場裏でのロシアの発言力低下にも繋がりかねません。スパイダーウェブ作戦は、非常に広範囲にロシアという国に大きな損害を与えたものだと言えます。

戦争のパラダイムシフト

スパイダーウェブ作戦は、単なる一作戦の成功を超えて、21世紀の戦争のあり方におけるパラダイムシフトを加速させる出来事と言えるでしょう。

ドローン中心戦争(Drone-centric Warfare)の現実化 これまでドローンは偵察や限定的な攻撃支援といった役割が主でしたが、スパイダーウェブ作戦は、ドローンが大規模かつ戦略的な攻撃作戦の主役となり得ることを証明しました。多数のドローンが連携し、AIによる自律的な判断を取り入れ、人間の介入を最小限に抑えた形での作戦遂行は、まさに「戦争におけるドローンの時代」の到来を告げるものです。これにより、各国の軍隊はドローン部隊の拡充、ドローンパイロットや運用技術者の育成、そしてドローンを組み込んだ新たな作戦ドクトリンの構築を急ぐことになるでしょう。

防空の概念の変化 従来の戦闘機やミサイルを迎撃することを主眼とした防空システムは、小型・低速・多数のドローン群に対しては必ずしも有効ではありません。今後は、ドローンの検知・識別・追尾・無力化のための統合的なアプローチが不可欠となります。レーダーだけでなく、 複数種類のセンサーを組み合わせた探知システムや、指向性エネルギー兵器、対ドローン用ドローン、ネット捕獲といった多様な迎撃手段が求められてくるはずです。また、安価なドローンで数千万~数億ドルの戦闘機や戦略インフラを破壊できるというコストの非対称性は、防衛側にとって深刻な課題となります。ドローンという攻撃手段の一般化は、今後の国家防衛のあり方を根本から問い直すものです。

「聖域」の消滅と戦争の地理的拡大 長距離ドローンの登場により、従来は比較的安全と見なされてきた後方地域や重要インフラ、さらには国家中枢までもが攻撃対象となりうる時代になりました。これにより、「前線」と「後方」の区別が曖昧になり、戦争の地理的範囲が際限なく拡大する危険性があります。国民生活への直接的な影響も増大し、戦争に対する国民の許容度や国家のレジリエンスがより一層問われることになるでしょう。

倫理的・法的課題の顕在化 AIを搭載した自律型ドローンによる目標選定や攻撃が現実のものとなれば、人間の介在しないところで生死の判断が下されることになり、重大な倫理的・法的問題を引き起こします。誤爆や民間人の巻き添えのリスク、責任の所在の曖昧さなど、国際人道法や交戦規定に関する新たな議論と規範作りが急務となります。


「スパイダーウェブ作戦」は、ドローン運用の高度化と、それが現代戦にもたらす変革の可能性を強く印象づけるものです。ドローンが単なる戦術的ツールではなく、戦略的決定打となり得ることを示し、世界各国の安全保障政策にも大きな影響を与えるでしょう。

戦争の様相は、技術革新とともに絶えず変化します。本作戦は、AI、自律システム、ネットワーク化された多数の小型兵器群といった未来の戦争の萌芽を現在に引き寄せたと言えるかもしれません。この新たな現実を踏まえ、技術がもたらす不安定化のリスクを抑制するための国際的なルール作りや軍備管理の枠組み再考を早急に推し進める必要があります。

(根来 諭)
June 04, 2025


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