Aon「大規模自然災害レポート2026」から読み取るインサイト
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世界最大のリスク・ソリューション企業Aon社が毎年発行する「Climate and Catastrophe Insight(大規模自然災害レポート)」の2026年版が公開されました。本レポートは、グローバルな自然災害による損失を包括的に分析した業界随一の資料です。本稿では、重要なポイントとインサイトを抽出してお届けしたいと思います。
2025年の全体像:比較的穏やかな年だが特定地域に集中
2025年の自然災害による世界の経済損失は約2,600億ドル(約39兆円)で、21世紀平均(3,360億ドル)を23%下回り、幸いながら2015年以来の低水準となりました。死者数についても平均の半分ほどにとどまっています。下半期に大西洋でのハリケーン上陸がゼロだったことが主因と分析されています。しかし、保険損失は1,270億ドルと21世紀平均を27%上回りました。損害が米国に集中し(全体の81%)、保険カバー率の高い地域で大規模イベントが発生したためです。

2025年を象徴する3つの大きな災害は下記のとおりです。
(1)カリフォルニア山火事(パリセイズ・イートン火災)
1月に発生したパリセイズとイートンという2つの山火事は、合計の経済損失が580億ドルに達し、山火事としては史上最大の被害額を記録しました。わずか数週間のうちに、年間を通じた損失額全体を決定づけるほどの甚大な影響を及ぼした形です。この背景には、民間保険会社の撤退が進むカリフォルニア州において、州が運営する「最後の砦」ともいえる公共保険(FAIR Plan)への依存が急激に高まっているという構造的な問題があります。実際にこの保険への加入件数は数年で2.6倍以上に増え、引き受けているリスクの総額も4倍以上に膨れ上がっており、社会インフラとしての保険制度が限界を迎えつつあります。
(2)米国全土を襲う「激しい嵐(SCS)」の常態化
竜巻、雹(ひょう)、激しい雷雨といった対流性の嵐(Severe Convective Storm) による経済損失は680億ドルに上り、史上3番目の高水準となりました。特筆すべきは、21世紀に入ってからの累積損失額で、これらの嵐が大型ハリケーンを抜き、米国で最も経済的コストのかかる災害種別となった点です。かつてのような単発の巨大ハリケーンによる被害よりも、10億ドルを超えるような中規模の嵐が年間19回も発生するといった「高頻度な連鎖」が、産業全体に構造的な負荷をかけ続けています。もはや稀に起こる異常気象ではなく、日常的な脅威へと変貌していると言えるでしょう。
(3)ミャンマー地震(M7.7)と広域に及ぶ揺れの増幅
3月にミャンマー中部で発生したマグニチュード7.7の地震は、5,000人を超える死者を出す極めて凄惨な災害となりました。この地震では「超剪断破壊」と呼ばれる、断層が割れるスピードが音速を超える特殊なメカニズムが働き、短時間に破壊的なエネルギーが集中しました。さらに深刻だったのは、震源から数百キロメートルも離れたタイのバンコクでも、軟弱な地盤が長い周期の揺れを増幅させ、ビルの設備故障などが相次いだことです。これは、遠隔地であっても地質条件次第で甚大な被害が出るという現実を突きつけられました。

インサイト①:気候災害が引き起こすサプライチェーンの連鎖リスク
2025年のデータは、自然災害による被害が物理的・直接的な損害にとどまらないことを浮き彫りにしました。災害はグローバルな供給網(サプライチェーン)を通じて世界中に連鎖し、深刻な経済的ダメージを与えており、企業経営にとって無視できない脅威となっています。
ブラジルの干ばつが招くエネルギー供給への打撃
ブラジルではアマゾン地域を中心に記録的な干ばつが続き、2025年だけで農業分野に約48億ドルの損失が発生しました。特に深刻なのがエネルギーへの影響です。ブラジルは国内発電の約66%を水力発電に頼っていますが、水不足によりその比率は48%まで急落しました。この電力不足はブラジル国内の工場を止めるだけでなく、同国が世界に供給している鉄鉱石や大豆、パルプといった原材料の流通を滞らせ、世界中の製造業に波及するリスクを秘めています。さらに、今後は気候変動の影響で「高温・乾燥・強風」が重なる条件が増え、干ばつと山火事が同時に発生するリスクも高まると予測されています。
食料サプライチェーンの危機:コーヒー生産のゆくえ
気候災害の影響は、私たちの身近な飲み物であるコーヒーにも及んでいます。世界の主要産地であるブラジル、コロンビア、ベトナムのすべてで干ばつが深刻化しており、2050年までには全世界のコーヒー農地の半分以上が高リスクな乾燥状態にさらされるという予測もあります。ブラジルだけでも、過去30年間の干ばつによる損失は累計で約1,390億ドルに上ります。コーヒー豆の価格高騰は、食品メーカーやカフェ、小売業など幅広い業種に直撃し、家計にも影響を与える「食の安全保障」の問題へと発展しています。
アジアの洪水とサイクロンによる製造・物流の寸断
2025年後半、南アジアと東南アジアを相次いで襲った大型サイクロンは、2,000人以上の死者と甚大な経済損失をもたらしました。スリランカでは国土の約17%が浸水し、タイやマレーシア、インドネシアでも広範囲で洪水が発生しました。これらの地域は電子部品や自動車部品、天然ゴムなどの重要な生産拠点であり、日本企業にとっても欠かせないサプライヤーが集まっています。しかし、この地域での保険加入率は依然として低く、被災後の復旧資金が不足しがちであるという課題があります。万が一の際に代替の調達先を即座に確保できるような、サプライチェーンの可視化とデータ活用がこれまで以上に重要になっていると言えます。
ライン川の水位低下に見る「静かなるリスク」
最後に見落とせないのが、ドイツなど欧州を流れるライン川の渇水です。ライン川は物流の大動脈ですが、水位が低下すると大型船が通れなくなり、化学品や燃料の輸送が制限されます。こうした「ゆっくりと進行する災害」は、地震や台風のような派手なニュースにはなりにくいものの、製造業に与える経済的な打撃は非常に大きなものです。目に見えにくい形でじわじわと経済を蝕むリスクへの対策が、今まさに求められています。
インサイト②:AIによる予測精度の飛躍的向上
2025年は、災害予測の分野においてAI(人工知能)が実用化のステージへと大きく飛躍した年となりました。米国立ハリケーンセンターが初めてAIモデルを公式予報に活用したことはその象徴であり、実際にGoogle DeepMindのモデルは、ハリケーン・メリッサがまだ勢力の弱い段階で、最終的に最強クラスの「カテゴリ5」まで発達することを正確に予測してみせました。こうした最新のAI予報システムは、従来の手法より精度を20%向上させつつ、計算にかかるコストを1,000分の1にまで抑えるという驚異的な効率性を実現しており、Microsoftのシステムにいたっては、世界中の大気汚染物質の動きを5日先までわずか1分以内で予測することが可能となっています。
日本においてもAIの恩恵は極めて大きく、2025年7月にカムチャツカ半島沖で発生したマグニチュード8.8の巨大地震では、観測システムがAIを含む最新技術を駆使してリアルタイムで津波を検知しました。この迅速な分析によって200万人以上の避難指示へとつながり、被害を最小限に抑えることができています。このように、高度なAIによる早期警戒が当たり前になった現代では、事後の対応に追われるのではなく、正確な予測に基づいて事前に人命やビジネスを守り抜くという、新しい防災の形が本格的に定着し始めています。
インサイト③:気候変動と山火事、データが示す相関
カリフォルニア大学マーセド校との共同研究により、火災が起きやすい気象条件を示す指数(FWI)と、実際に焼失した面積の間には非常に強い相関があることが分かりました。統計的には、毎年の焼失面積の変化のうち、約71%がこの気象指数の変動だけで説明できるほど密接に関係しています。つまり、気候変動によって「火災に好都合な日」が増えることが、被害拡大の直接的な要因となっているのです。
ここで重要なのは、火災を広げる風そのものが気候変動で強まったわけではないという点です。むしろ深刻なのは、気温の上昇や乾燥によって、森や草地の植物がカラカラに乾ききっていることにあります。そこへ、季節的に吹く「サンタアナ風(別名”悪魔の風”)」のような強風が重なる確率が構造的に高まっており、ひとたび火が出れば一気に燃え広がりやすい土壌が作られています。さらに、近年の気象変動の特徴である、エルニーニョ現象からラニーニャ現象への急激な移り変わりもリスクを後押ししています。この急激な変化は、それまで育っていた植物を一気に乾燥させて「燃えやすい燃料」へと変えてしまうため、火災の被害をより深刻化させるメカニズムとして機能しています。
Aonの2026年レポートが示すのは、自然災害が「まれに起こる異常事態」から「構造的な経営リスク」へと変貌したという現実です。経済損失が低水準だった2025年でさえ、特定の地域やサプライチェーンへの打撃は甚大であり、気候変動に伴う自然災害の多発化・激甚化が企業活動の根幹を揺さぶっています。もはや過去の経験則だけでは、この複雑化したリスクを制御することはできません。今こそ、飛躍的に進展したAI予測やリアルタイム・データを活用し、防災を受動的なものから能動的なものへと脱却させるべきです。Specteeは、データとテクノロジーを用いて、不確実な時代における企業のレジリエンス向上を力強く支援してまいります。
(根来 諭)
March 25, 2026
信頼できる危機管理情報サービスとして続々導入決定!
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また、『Spectee SCR』(https://spectee.co.jp/service/specteescr/)はサプライチェーンに影響を与える危機を瞬時に可視化し、SNS・気象データ・地政学リスク情報など様々な情報をもとに、インシデント発生による危機をリアルタイムで覚知し、生産への影響や納期の遅れ等を迅速に把握することができます。

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