UNDPバングラデシュ・スタディツアーレポート

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バングラデシュという国

「バングラデシュ」と聞いて、皆さんはどのようなイメージを持つでしょうか。人口過密、貧困、洪水被害——そんな言葉が浮かぶ方も多いかもしれません。バングラデシュは南アジアに位置し、インドとミャンマーに囲まれた国です。国土面積は約14.8万平方キロメートルと日本の約4割程度ですが、人口は約1億8,000万人。人口密度では世界トップクラスを誇ります。1971年にパキスタンから独立したこの国は、独立以来、幾多の困難を乗り越えながら急速な経済成長を遂げてきました。GDPは過去20年で約10倍に成長し、特に縫製業を軸とした製造業の発展は目覚ましいものがあります。お手持ちの服のタグに、「バングラデシュ製」という表記を見ることがあるのではないでしょうか。

ダッカの街を歩けば(正確には渋滞に巻き込まれながら車で移動すれば)、その熱量に圧倒されます。無数のリキシャ、バイク、バス、そして人々が入り乱れる喧騒。街全体がとにかく「生きている」という感覚に満ちています。今回の訪問で最初に感じたのは、データや報告書からは決して伝わってこない、この「熱気」でした。

近年のバングラデシュは、デジタル分野においても急速な変革を遂げています。スマートフォンの普及率は都市部を中心に急上昇しており、FacebookをはじめとするSNSは情報流通の主要インフラとなっています。特筆すべきは、インターネットインフラが十分に整備される前からモバイルファーストでデジタル化が進んだ点で、多くの国民が固定回線を経ずにスマートフォンで直接インターネットにアクセスするという、いわば「デジタルリープフロッグ」が起きています。

一方、2024年から2025年にかけてバングラデシュは政治的に大きな転換期を迎えました。長年政権を担ってきたシェイク・ハシナ首相が学生主導の大規模デモを受けて退陣し、ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏が率いる暫定政府が発足しました。この政変は国内の統治体制に大きな変化をもたらしており、外資系企業にとっての事業環境も流動的な状況にあります。今回のスタディツアーで現地の日系企業の方々と交流した際にも、「政府を相手にビジネスを進めることの難しさ」は共通の話題として挙がっていました。

バングラデシュの自然災害をとりまく状況

バングラデシュが「災害大国」であることは、国際的にも広く知られています。その脆弱性は地理的条件に根ざしており、複合的かつ構造的な問題を抱えています。

地理的に見ると、バングラデシュはガンジス川、ブラマプトラ川、メグナ川という三大河川が合流するデルタ地帯に位置しています。国土の約80%が氾濫原であり、毎年モンスーン季には国土の20〜30%が水没するのはほぼ恒例の出来事です。加えて、ベンガル湾に面した沿岸部はサイクロンの通り道にあたり、歴史的に壊滅的な被害をもたらしてきました。1970年のボーラ・サイクロンでは推定30万人以上が死亡し、1991年のサイクロンでも13万人以上の命が失われました。

近年は早期警戒システムの整備や避難体制の強化により、死者数は大幅に減少してきました。これは国際社会からも高く評価されている点です。しかし気候変動の影響で洪水の頻度・規模は増加傾向にあり、予断は許しません。さらに深刻なのが海面上昇の問題です。国土の多くが海抜数メートル以下であるバングラデシュは、今世紀中に国土の相当部分が水没するリスクを抱えています。すでに沿岸部では塩水浸食による農地の劣化が進んでおり、気候難民の問題は現実のものとなりつつあります。

洪水やサイクロンに加え、地震リスクも無視できません。バングラデシュはインド・オーストラリア・ユーラシアの三つのプレートが接する地帯に近接しており、特にダッカやチッタゴンといった主要都市は中程度以上の地震ハザードゾーンに位置しています。1897年の大地震では甚大な被害が記録されており、現代の高密度かつ脆弱な都市構造を考えると、大規模地震が発生した場合の被害は計り知れないとも言われています。

こうした多重の災害リスクに対し、バングラデシュ政府はさまざまな防災施策を講じてきました。沿岸部へのサイクロン・シェルターの建設、コミュニティ・ベースの早期警報システムの構築、そして災害管理法の整備などがその代表例です。国際的には、バングラデシュはその防災の取り組みが成功事例として評価されることもありますが、依然として課題は山積しています。

スタディツアーの内容と得られた知見

今回のスタディツアーは、UNDP(国連開発計画)が主催する「Japan SDG Innovation Challenge(JSIC)」の一環として実施されました。JSICは日本の内閣府とUNDPが連携し、日本の民間企業・スタートアップをUNDPのアクセラレーター・ラボと結びつけることで、SDGsに関連した課題解決の実証実験を推進するプラットフォームです。今回は3月1日から5日にかけて現地調査が行われ、スペクティもその参加企業の一社としてダッカ及び近郊を訪問しました。

ここでは、いくつかの訪問先についてご紹介します。

バングラデシュ気象局(BMD)

バングラデシュ気象局(Bangladesh Meteorological Department)は、気象観測・天気予報・早期警報を一手に担う政府機関です。サイクロンや洪水が繰り返し人命を奪ってきたバングラデシュにおいて、その役割の重要性は非常に高く、社会インフラの中核を成す存在です。実際に施設を訪問してみると、説明を受ける部屋のモニターにはリアルタイムの気象レーダー画像が映し出されており、スタッフが懸命に業務をこなしている様子が伝わってきました。一方で、機材の老朽化が随所に見られ、アナログで運用されている部分も少なくありませんでした。衛星データの解析システムや観測機器の整備は途上にあり、デジタル化・自動化という点では依然として大きな改善余地があります。

訪問を通じて、BMDが抱える本質的な課題が見えてきました。それは「データの収集はできても、それを迅速に解析・発信・活用する仕組みが整っていない」という点です。気象情報の精度と伝達速度が人命を左右するバングラデシュにおいて、このギャップを埋めることは喫緊の課題です。なお、JICAが技術協力「気象気候分析に関する能力向上プロジェクト」を実施しており、日本の気象技術がこの分野でも貢献していることを確認できました。

災害管理・救済省(MoDMR)

災害管理・救済省(Ministry of Disaster Management and Relief)は、バングラデシュにおける災害対策・リスク軽減・被災者支援を統括する中央官庁で、防災体制の司令塔的な役割を担います。今回の面談では、Spectee Proの機能や活用事例を紹介したところ、担当者から「バングラデシュでも間違いなく有用だ」との前向きなコメントをいただきました。

しかし同時に、課題も浮き彫りになりました。MoDMRのオペレーションセンターは、2024年の政変時に発生した暴動の影響を受け、現時点でも一部が使用不能な状態にあるとのことでした。これは単に技術や資金の問題ではなく、政治・社会的な安定性と行政のオペレーション能力が不可分に絡み合っていることを示しています。公共セクターを相手に純粋なビジネスとして成立させるのか、それとも国際援助や開発資金をベースとした導入スキームを構築すべきなのか——ビジネスモデルの方向性について、さらなる検討が必要だと感じた訪問でした。

Fiber@Home

今回のツアーを通じて、最も具体的なビジネス連携の可能性を感じたのがFiber@Homeです。バングラデシュの二大通信会社の一つ(非財閥系)である同社は、政府機関・地方自治体に多数の顧客を持ち、CCTVのネットワークサービスや衛星通信(Starlinkの代理店も手掛けます)など幅広いインフラ事業を展開しています。巨大な社屋には、自社のデータセンターとサイバーセキュリティに関する高度なモニタリングルームを備え、バングラデシュのデジタルインフラを支える存在として業界内での影響力は際立っています。

同社は日本のテック企業との協業に非常に積極的な姿勢を見せてくれました。行政機関に広いネットワークを持ち、地方自治体の情報インフラも手掛けているという点は、スペクティが提供する危機管理情報プラットフォームとの相性という観点から非常に魅力的です。資本力・ネットワーク・業界への影響力という三点において、現地パートナーとして理想的な条件を備えていると判断しており、今後の具体的な協議を進めていきたいと考えています。

総括:バングラデシュが示す「逆説的な可能性」

今回のスタディツアーを通じて、最も重要な気づきとして心に残ったことがあります。それは、バングラデシュが持つ「逆説的な条件」です。

情報インフラは脆弱で、気象・防災のシステムは老朽化しており、行政のオペレーション能力にも限界があります。しかし一方で、1億8,000万人という巨大な人口、そしてFacebookを中心とするSNSの爆発的な普及という条件が揃っています。情報インフラが未整備であるがゆえに、SNSが事実上の情報ライフラインとなっている——この「逆説」こそが、Specteeが提供する危機情報の収集・解析・発信という機能の価値を、日本国内以上に高める可能性を秘めていると考えます。

課題も明確です。公共セクターを相手に純粋なビジネスとして成立させるのか、それとも国際援助や開発資金をベースとした導入スキームを検討するのか——ビジネスモデルの方向性についてはさらなる検討が必要です。しかし、今回築いた国際機関とのネットワーク、有力な現地パートナー候補の存在、そして政府機関との直接対話という今回の成果は、次のステップを踏み出すための確かな基盤となりました。

今回初めて訪れたバングラデシュには、「市場としての難しさ」と、それ以上に「解決すべき災害課題の大きさ」という、確かなポテンシャルがありました。スペクティが持つテクノロジーが、この国の人々の命を災害から守ることに貢献できると確信しています。


最後に、車窓から眺めたダッカの風景をお届けします。今回は折しもラマダン(断食月)の真っ只中。日没後の食事「イフタール」を家族や友人と囲むため、家路を急ぐ人々の波が途切れることはありませんでした。まさにカオス!その熱気に、移動にはとにかく骨を折りました。

(根来 諭)
April 08, 2026


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