ナゴルノカラバフ紛争とアルメニア人ディアスポラ
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9月27日、係争地ナゴルノカラバフを巡る紛争が再燃し、アゼルバイジャンとアルメニアの間で大規模な戦闘が勃発しました。本コラムでは紛争の背景を解説するとともに、スペクティが報道機関に提供した動画から見えてくるものを紹介したいと思います。
紛争の背景
ナゴルノカラバフは、コーカサスの美しい高原地帯に位置し、アルメニア系の住民が大半を占める土地です。ロシア革命後に、ポリシェビキ(後のソビエト連邦共産党)がこの地域をアゼルバイジャンに編入しましたが、アルメニアもアゼルバイジャンも共にソ連に属している時代であり、特に問題になることはありませんでした。しかし、ソ連の統制が緩むとともに民族意識が台頭し、アルメニア系住民とアゼルバイジャン系住民の衝突や襲撃事件が増えていきます。そして、1991年のソ連崩壊を機にナゴルノカラバフは「アルツァフ共和国」としてアゼルバイジャンからの独立を宣言しました(このアルツァフ共和国は、独自の通貨や憲法を有するものの、国際的に国家としては承認されておらず、日本の外務省も「アルメニアによる占領地域」と認識しています)。この動きに伴って衝突は激化、当初はアゼルバイジャンの優勢だったものの、終盤でアルメニアが優位に立ち、1994年にロシアの仲介によって停戦に合意、ナゴルノカラバフはアルメニアの実効支配下に入ることとなりました。3万人の死者、100万人の難民を生んだとされる紛争はこうして一旦終息を迎えました。
国際関係における紛争の位置づけ
こうした紛争には必ず、大国の影がちらつきます。ナゴルノカラバフ紛争に関して言えば、民族的・経済的に近く、同じイスラム教徒が多数を占め、アルメニア人と長年対立してきたトルコ(後述しますがトルコの前身であるオスマン帝国で1915年に起きたアルメニア人の虐殺は現在にも尾をひいています)がアゼルバイジャンを強く支持。一方で、同じキリスト教国であり、アルメニアと防衛協定を結んで軍地基地を構えるロシアがアルメニアを支持しています。この地域は、産油国であるアゼルバイジャンからのパイプラインが通ることから地政学的な重要性も高く、西側の軍事同盟であるNATOに加盟するトルコと、NATOに対抗したいロシアとが睨み合う、代理戦争的な意味合いも帯びているのです。
1994年の停戦合意後、何度か緊張が高まって衝突が起こることもありましたが、今年になって再び戦闘が激化した背景にあるのは、アゼルバイジャンとアルメニア両国の経済状態苦境です。石油価格の長期的下落により、輸出の9割を石油が占めるアゼルバイジャンの景気は低迷しました。一方、アルメニアは油田を持たないものの、経済的なつながりが強いロシアが石油価格低迷に苦しむことで間接的に影響を受けました。そうした社会的ストレスが高まったところに新型コロナウイルスのパンデミックが勃発し、政治家もナショナリズムを前面に押し出して国民の不満をそらすしかなくなっているという現状があります。
第三国での動きから見えてくるもの
スペクティでは、一般の方が撮影した動画(UGC=ユーザー生成コンテンツ)を権利処理した上で世界中の報道機関に配信していますが、国外におけるアルメニア・アゼルバイジャンそれぞれを支持する人々のデモを見ていると大きな違いがあることに気づきます。圧倒的にアルメニアを支持するデモが多く、内容も激しいのです。
我々が確認できただけでも米国のニューヨーク、ロスアンゼルス、ラスベガス、ビバリーヒルズ、カナダのトロント、オーストラリアのキャンベラで大きなデモがあり、特にロス近郊のハイウェイやニューヨークのブルックリン橋を封鎖したデモは大きな混乱を引き起こしました。
一方、アゼルバイジャン側は、カナダのトロントでアゼルバイジャンの独立記念日に行われたデモと、トルコのイスタンブールで行われた比較的大きなデモがあったものの、アルメニア側に比べるとずっと大人しいものでした。
それもそのはず、アルメニア人はディアスポラ(民族離散)の歴史を持ち、全世界にいる約750万人のアルメニア人のうち、アルメニア本国に住むのはわずか4割。6割は欧米やロシアを中心に世界中に散らばっているのです。
ディアスポラ(民族離散)は、長い歴史の中で国の版図が書き換えられたことや、商活動に伴う移住で進展してきましたが、特筆すべき原因は前述した、オスマン帝国によるアルメニア人虐殺です。これはオスマン帝国内における少数民族であるアルメニア人が移住を強制されたり、虐殺されたりした事件で、国際的に非難を受けているものの、オスマン帝国の後継国である現在のトルコはその組織性や計画性を認めていません。虐殺により離散し、移住先ではビジネスの才覚を発揮したり、ロビーイングで政治的な影響力を持っている点で、ユダヤ人のディアスポラに通じるものがあります。
こうしてできた在外アルメニア人コミュニティが、今回の紛争激化を受けて一斉に各地でデモを行ったというわけです。
世界の主要国は、このナゴルノカラバフ紛争が、ロシア対トルコの代理戦争に発展することを警戒しています。また、「キリスト教対イスラム教」という宗教対立色が強くなると、さらに多くの国や陣営を巻き込む形になることは容易に想像ができます。人道的に戦争が良くないのは当然ですが、エスカレートすれば世界の政治・経済情勢へ大きな影響を与える可能性は高く、引き続き注視していく必要があります。
ちなみに、在アゼルバイジャン米国大使館からは、「首都バクーで米国人や外国人を標的にしたテロ攻撃や誘拐が行われる可能性」があるとのアラートが10月24日に発出されており、日本人の滞在者は十分に注意を払う必要があります。
https://az.usembassy.gov/security-alert-for-u-s-citizens/
(根来 諭)
October 28, 2020
参考情報
アゼルバイジャンとアルメニアで因縁の戦いが再燃した訳 (Newsweek Japan)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/10/post-94638_1.php