レポート

感染症の歴史と「移動」の未来

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感染症の歴史を紐解いてみると、人類の文明の発展と軌を一にしていることがわかります。狩猟生活を送っていた我々の祖先が、牧畜を開始することにより、ヒトと動物の接触が増加する。農耕を開始することにより定住化・都市化が進み、ヒトとヒトの接触が多くなる。そして移動手段が発達することで、ヒトを介した感染症はその伝播する距離が飛躍的に伸びることになりました。このコラムでは、特に「移動」と感染症の連関について見てみることにします。

下の図は、過去に発生して特に多くの犠牲者を出した感染症と、その流行を後押しした「移動」の変化をまとめたものです。

感染症の歴史と移動の変化
(出典:推定死者数についてはWHO/厚生労働省HPより、Spectee作成)

14世紀に主に欧州で猛威を振るったペストは、ペスト菌が引き起こす疾患で、感染すると発熱し、皮膚に黒い斑点や主要ができることから「黒死病」と呼ばれました。当時は、有名なチンギス・ハンのモンゴル帝国を祖に、元が現在の中国、チャガタイ・ハン国が中央アジア、キプチャク・ハン国がコーカサスや黒海周辺、イル・ハン国が中東を支配しており、モンゴルが軍事力を背景に広大な領域を一体化していた「パクス・モンゴリカ」の時代でした。こうした環境下ではモノやヒトの移動が大いに活発化し、ユーラシア大陸の東西を結ぶ交易が盛んになりました。ペストは、カナダの歴史家ウィリアム・ハーディー・マクニールによれば、中国の雲南地方に攻め込んだモンゴル軍が、ペスト菌を媒介する蚤とネズミを欧州にもたらしたことで流行したとされています。別に、中東起源説も存在しますが、ユーラシア大陸における移動の活発化がその大流行に一定の役割を果たしたことに間違いはないものと思われます。

1918年から1920年頃に起こったスペイン風邪の大流行はどうだったのでしょうか?感染者約6億人、死者約4000万人を出したこの感染症は、鳥インフルエンザの一種と考えられ、当時の世界人口約12億人のうち実に半数に感染したことになります。そこまで広範囲に感染拡大した背景にはやはり「移動」の変化がありました。18世紀の産業革命以後、人類は蒸気機関を発明・開発し、その後ガソリンエンジンも誕生、人類の移動距離は爆発的に伸びることとなりました。ちなみに世界初の量産ガソリン自動車「T型フォード」は、スペイン風邪流行の10年前の1908年に発売されています。そこに第一次世界大戦が勃発、モノやヒトが活発に移動することになり、スペイン風邪の爆発的感染拡大の要因となりました。

そして20世紀に入り、航空機による移動が一般化し、グローバル化が進んだことにより、過去のどの時代よりも多くの人が遠く、広く、移動することとなりました。新興国の経済発展により、それまでは自分の普段の生活圏内で人生を送っていた所得層の人々もこの動きに加わることで、さらに拍車がかかり、HIV/エイズや定期的に流行する新型インフルエンザ、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)、新型コロナウイルスなど新興感染症の流行が相次いでいます。

グローバル化の指標は様々ありますが、国連の資料から人の動きを海外旅行客の数で比べてみると、SARSが流行した03年当時は世界全体で約7億人だったのに対し、2018年には約14億人に達しています。また、下図は世界一周に要する日数の変化を示したものです。1850年頃には丸々1年かかっていたものが、今では時速1000 kmを超えるジェット飛行機によって、1日で一周することができるようになりました。

世界一周に要した日数
(出典:The Geography of Transport SystemsのHPを和訳してSpectee作成)

では今後、我々の移動はどう変わっていくのか、そこには2つのベクトルがあると考えられます。

ひとつは、「移動のテクノロジーが発展し、高速化・高度化・効率化する」というベクトル。MaaS (Mobility as a Service)の発達により、各交通手段はシームレスにつながり、移動は容易に、そしてそのコストは飛躍的に安くなります。これはインクルージョンを促し、つまり、これまでコストが高く移動ができなかった先進国の地方在住の高齢者や、発展途上国の低所得者層といった人々が活発に動くことを意味します。地方の山間部にすんでいる高齢者の方が、今では1時間に1本のバスに乗るためにバス停まで歩き、バスと電車を乗り継いで都市に住む家族に会いにでかけていたものが、無人のドローンにより、Door to Doorで簡単に移動ができるようになるかもしれません。

もうひとつは、「移動を必要としないテクノロジーが発展する」というベクトル。自動運転のタクシーやドローンによる配達など、これまでヒトやモノが動くときに発生した接触がゼロになる、という例もありますが、現在新型コロナウイルスにより利用が爆発的に増えているZoom、WebEx、Teamsなどが発展する形で、「移動して集まらなくても、あたかも直接会っているかのようにコミュニケーションができる」手段が発達することも考えられます。一例を挙げると、argodesignという米国とオランダに拠点を持つデザインファームが発表したコンセプト「Square」。フレームの四隅にカメラが搭載され、3Dのイメージを作り出すことにより、あたかも同僚が窓越しにそこにいるかのようにコミュニケーションができるというものです。

Square of argodesign
(出典:参考情報にあるFast Companyの記事より)

今後も人と人が直接会う、ということの価値が減ずることはないと思われます。「移動のテクノロジー」と「移動を要しないためのテクノロジー」が両輪で発達していくことによって、感染症に強い社会が築かれていくのではないでしょうか。

(根来 諭)
May 5, 2020

参考情報

疫病の世界史
https://www.teikokushoin.co.jp/journals/history_world/pdf/200401/history_world200401-01-04.pdf

国連「International Tourism Highlights 2019 Edition」
https://www.e-unwto.org/doi/pdf/10.18111/9789284421152

Global Space / Time Convergence: Days Required to Circumnavigate the Globe
https://transportgeography.org/?page_id=462

Move over, Zoom. This magic interface is the future of videoconferencing (Fast Company)
https://www.fastcompany.com/90498000/move-over-zoom-this-magic-interface-is-the-future-of-videoconferencing

『銃・病原菌・鉄』ジャレド・ダイアモンド
http://www.amazon.co.jp/dp/B00DNMG8Q2


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