防災を考える際に重要な「バイアス」について

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◆防災の妨げとなるバイアス

北朝鮮によるミサイル発射実験が続いており、Jアラート(全国瞬時警報システム)が発報されることが増えています。最初にJアラートのおどろおどろしい音を聞いた時は肝を冷やしたものですが、2度3度と経験する内に「前回も何もなかったから大丈夫だろう」と警戒心が下がっている自分に気がつきます。これはバイアス(先入観や偏見など、人間の認識の歪みや思考の偏り)に影響を受けていることに他なりません。

バイアスには様々な分類がありますが、防災や危機管理の文脈では主に以下のようなものがあるとされています。

冒頭の例では、これらのバイアスがJアラートを受けた際の思考に影響を与えていることが容易にわかります。特に、何度もアラートが鳴り、結局何もなかったという経験が重なることによって、「前回何もなかったから、今回も大丈夫」と考える「確証バイアス」はどんどん強化されていってしまいます。人間は自らの考えや楽な選択肢を肯定するために、都合の良い情報を集める傾向があるためです。自分の記憶や体験の中から比較的新しいケースを引っ張り出して、それを用いて状況を判断しようとするのです。

こうしたバイアスが、災害や危機に対する初動の遅れにつながってしまうことが憂慮されます。2011年東日本大震災では、「これまでも津波警報が何度も発信されたが何も起きなかったから」と避難せずに津波に巻き込まれた被災者がいらっしゃいます。2018年の西日本豪雨の際には、数十年に一度の大雨が予想される大雨特別警報が発令されたものの、全域に避難指示が出た広島市安佐北区でも、避難所に逃げたのは全体のわずか5%強の世帯にすぎませんでした。2022年に発生したトンガ沖海底火山噴火のケースでは、自治体も例外ではありませんでした。噴火の影響で津波注意報が発表された19都道県353市町村のうち、8割超の297自治体が避難指示を出していませんでした。中には自治体内の発令基準を満たしていたのに指示を見送ったケースもありました。

しかしそもそもなぜこのようなバイアスが存在するのでしょうか?心理学の知見によると、人間は自分の心を守るために、ある程度の環境変化について過度に不安や恐怖を感じないような特性を備えています。過度にストレスを感じずに、日常生活を平穏に過ごしていくために必要な心の働きと言えます。よって、これを悪いものとして取り除こうとするのではなく、「人の心はそのようなものだ」という前提で考える必要があります。

◆対策は

日本大学危機管理学部の福田充教授は、著書「リスクコミュニケーション」の中で、人々の避難活動を妨げる心理的要因として①正常化の偏見、②未経験・無知、③経験の逆機能、を上げています。①はまさに正常化バイアスのこと、②は知識がないために対応行動がとれないこと、③は過去の経験則に縛られて間違った判断をしてしまうことで、確証バイアスが近いと言えるでしょう。その上で、この3つの心理的要因を乗り越えて防災力を上げるには、リスクコミュケーションによって社会教育を行うことが必要であると説きます。

バイアスを踏まえてどのようなリスクコミュニケーションを行うべきか、色々な試行錯誤がなされています。

バイアスにはバイアスで対抗する方法が、国立研究開発法人防災科学技術研究所によって検討されています。上述したほかに、人間には自分にとって大切な人を過剰に心配する「心配性バイアス」があります。正常性バイアスによって自分自身のリスクは小さく評価してしまう一方、大切な人のリスクは反対に大きく評価してしまう特質と言えます。この特質を活かし、保育所に地震計を設置して、地震発生時に震度および保育所建物の状況を保護者に即時にメールで連絡する実証実験が、2022年から2023年にかけて行われました。平常時に防災情報を届けても真剣に読んでもらえないところ、地震発生時に子供を心配する心理を利用して、保護者の災害に対する備えを促し、防災力の向上を図る取り組みです。防災教育を効果的に進めるための仕掛けと言えるでしょう。

また、国土交通省と民間企業が開発した「逃げなきゃコール」という取り組みもあります。これは例えば自分の家族の居住地域を登録しておくと、災害時に通知が届き、通知を受けた人が「自分よりも自分の大切な人を心配してしまう」特性を利用して避難を促すというものです。

(出典:国土交通省ホームページ)

さらに、災害時にネガティブに働くこともある同調性バイアスに着目した取り組みもあります。千葉大学の発表によると、実験の結果、発災時に自治体などから発信されるエリアメールに「対象地域の方がすでに避難をしています」などといった他者の行動を盛り込むことによって、危機感を高めることができたとしています。「みんな逃げていないし大丈夫だろう」を、「みんな逃げているのであれば自分も逃げなければ!」に転換するという試みです。


バイアスというものは我々の本能に根差している分、乗り越えることはなかなか難しいと言えます。一方で、そのバイアスを「ハック」することで克服する仕掛けが、多方面で検討されていることは大変興味深いです。たまにしか起きない災害であるからこそ、我々は平常時にどのように効果的にリスクコミュニケーションをするべきか考えて続けていく必要があります。

(根来 諭)
February 28, 2024

参考情報

避難指示、8割発令せず トンガ沖噴火で津波注意報の自治体(産経新聞)
https://www.sankei.com/article/20220327-BOV3ERG4IZO7XHX4XH77UDHH4U/


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