Lancetの報告書でわかる「気候危機は健康危機」であること

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世界的医学誌である「Lancet」が10月30日、健康と気候変動に関する最新の報告書、「The 2024 report of the Lancet Countdown on health and climate change: facing record-breaking threats from delayed action」を発表しました。この報告書は、国連機関の専門家122人にって作成されたもので、過去8年にわたって追跡してきた15の指標のうち10の指標が「reached concerning new records(憂慮すべき新たな記録に達した)」と指摘しました。気候変動による気温の上昇が、我々の健康面に様々な角度から影響を与えることが、その内容からわかります。

①熱中症による死亡の増加

日本に住む我々も肌で感じていることではありますが、熱中症による死亡は気候変動によって増加することになります。2023年は世界的に記録的な暑さとなりましたが、気候変動の影響がなかった場合に予想されるよりも、健康を脅かす暑さに見舞われる日数が平均で50日増加したとしています(2019年~2023年で見ても平均46日増加している)。下の右図は、2019年~2023年において健康を脅かす気温だった年平均日数を表しています。さらに、左図はより注目が必要です。HDIとは「人間開発指数」の意味で、このグラフが表すのは、発展度合いの低い後進国の方がより危険な気温の日数が増加しているということです。世界的な格差と不平等を拡大させる方向に働いてしまいます。

(出典:The 2024 report of the Lancet Countdown on health and climate change: facing record-breaking threats from delayed action)

②睡眠不足の増加

今年の夏は寝苦しい夜が多く、いわゆる夏バテに苦しんだ方も多かったのではないでしょうか。本報告書によると2023年は、1986年~2005年と比べて暑さによって睡眠時間が6%減少したということです。気温が高いことで、睡眠は質・量ともに影響を受けます。そして睡眠不足は人々の健康や生活の質に影響を与えます。この点でも特に、エアコンを利用できない後進国に方がより多くの影響を受けることが想像できます。下図は、気候変動によって短縮された睡眠時間(分)を表しています。

(出典:The 2024 report of the Lancet Countdown on health and climate change: facing record-breaking threats from delayed action)

③労働可能時間への影響

2023年は気温高い環境への暴露によって、過去最高の5,120億時間もの潜在的労働時間が失われた(1990~99年の平均を49%上回る)とされます。直接日差しにさらされる道路工事など屋外での作業は言わずもがなですが、冷房がない環境もまだまだ多い中、労働者の健康が危険にさらされることは明白です。2023年では世界全体で推定16億人、つまり労働年齢人口の25.9%が屋外で働いており、さらに屋外労働者の割合が最も高いのはHDIの低い国(労働力の30.8%)で、次いでHDIが中程度(27.7%)、高い国(25.0%)、HDIが非常に高い国(22.7%)となっており、この点でも後進国にとって影響が大きいことがわかります。

④その他

その他にも気候変動によって山火事・干ばつ・砂嵐・大雨の増加も予想され、大気汚染が進むことによる健康被害や食糧不足の発生も増加することが見込まれます。また、以前気候変動とデング熱の関係に関するレポートを発信しましたが、感染症に適した気候となる場所が増えることによって、デング熱、マラリア、西ナイル熱などがより広範に流行したり、これまで発生がなかった地域に新しい感染症が定着したりということも考えられるのではないでしょうか。


報告書は冒頭、「2015年のパリ協定の際に抱いた期待とは異なり、世界は平均気温上昇を1.5℃に抑えるという目標を達成できなくなる寸前まで迫っている」としています。2023年には産業革命以前を実に1.45℃上回る過去最高の気温を記録しました。2024年の数字はまだまとまっていませんが、2023年を上回り、場合によっては1.5℃を超えてしまう事態も考えられます。

また、この状況に対して打たれている対策は不十分であり、報告書はエネルギー企業や政府、銀行などが気候変動に対して「Fuelling the fire(火に油を注いでいる)」という表現で非難しています。記録的な利益を上げている大手の石油・ガス企業は化石燃料の増産を行い、ロシアのウクライナ侵攻によって高騰した石油・ガス価格に対して政府は巨額の補助金(2022年で世界で1.4兆ドル)を支給しており、化石燃料の使用抑制の動きに逆行しているとの指摘です。

本報告書を読むことで、世界保健機構(WHO)の手ドロス事務局長が以前より訴えているように「気候危機はすなわち我々の健康危機である」こと、そしてそのインパクトは発展途上国になればなるほど大きくなるということが理解できます。

(根来 諭)
November 06, 2024


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