国々の災害リスクを示す「World Risk Index 2025」を読み解く
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『World Risk Report』は、ドイツの国際開発機関であるBündnis Entwicklung Hilft (BEH)と、ルール大学ボーフムの平和武力紛争国際法研究所(IFHV)が2011年以降、毎年発行している年次報告書です。今年の報告書では「洪水(Floods)」が中心的なトピックとして取り上げられました。気候変動、無秩序な都市化、土壌劣化を引き起こす農業、そして不十分な災害対策といった要因によって、洪水が世界にとって非常に深刻な脅威となっていることが強調されています。同時に、治水や早期警戒システム、インフラ投資を適切に行うことで、緊急救援のコストを大幅に削減できることも示しており、「予防は人命を救い、コストを削減する (Prevention saves lives and reduces costs)」という非常に重要なメッセージを伝えています。
WorldRiskIndex 2025の紹介
WorldRiskIndex 2025は、『World Risk Report 2025』の中で示される、世界の193カ国(国連加盟国すべて、世界人口の99%以上をカバー)の災害リスクを相対的に示す指標です。この指数は、極端な自然災害への曝露(Exposure)の程度と、社会的な脆弱性(Vulnerability)の程度を掛け合わせて算出されます。
WorldRiskIndex = 曝露(Exposure) × 脆弱性(Vulnerability)
曝露(Exposure): 地震、津波、洪水、干ばつ、海面上昇といった自然災害にさらされやすい地域において、そこに住む人々がどの程度影響を受けるかの尺度
脆弱性(Vulnerability): 災害によって被害を受けやすい社会の性質を示し、「感受性(Susceptibility)」「対処能力の欠如(Lack of Coping Capacities)」「適応能力の欠如(Lack of Adaptive Capacities)」という3つの要素から成る
2025年のランキングからは、世界の災害リスクが不平等に分布しており、貧困や不平等と密接に関連しているという主要な点が浮かび上がります。アジア・中南米に高リスクの国が集中している一方で、大陸としてはアフリカが世界で最も高い脆弱性を示しており、そのほぼ80%がリスク「非常に高い」または「高い」地域に分類されています。今年のランキングでは、フィリピンが再びWorldRiskIndexのトップ(リスクスコア46.56、曝露39.99、脆弱性54.20)となりました。上位10カ国には、インド(2位、40.73)、インドネシア(3位、39.80)、コロンビア(4位、39.26)、メキシコ(5位、38.96)などが含まれます。
冒頭でも述べた通り、今回の報告書では洪水に焦点が当てられています。洪水は世界的に最も頻繁に発生し、壊滅的な被害をもたらす自然災害の一つです。2000年から2019年の間に、洪水は16億人以上に影響を及ぼし、経済的損害は6,500億米ドル以上に上ると試算されています。また、気候変動、都市化、土地利用の変化といった複数の要因の複雑な相互作用によって、洪水の多発化・激甚化が引き起こされている点も看過できません。
早期警戒システム(EWS)の必要性
洪水対策として最も求められるものの一つが「早期警戒システム(Early Warning Systems, EWS)」です。近年では、衛星による地球観測技術や水文シミュレーションモデルの進化、そしてAIを活用した予測システムの開発といった技術革新によってEWSは進化しています。例えば、GEOGloWS-ECMWF Streamflow Forecasting Modelは、マラウイのコミュニティベースのEWSに統合されることで、アラートのリードタイムを数時間から最大15日間に延長しました。これにより、サイクロン・アナ(2022年1月)のような自然災害発生時の早期行動を可能にし、被害を軽減した事例が紹介されています。
しかし、EWSは、テクノロジーの進化だけでなく、それが現場に適応され、既存の意思決定プロセスに統合されて初めて真価を発揮します。防災の意思決定者が確実に職務を遂行できるような研修プログラムや、標準化されたプロトコルも大切であると指摘されています。 また、EWSを機能させるためには、コミュニティの知識との連携も重要です。インドネシア・ジャカルタでの「レスキューボール」早期警戒システムは、地域住民が開発・維持するシンプルで安価な仕組みです。2020年1月1日に発生した壊滅的な洪水に対し、住民が避難する数時間の猶予を生み出し、負傷者や死亡者を大幅に削減しました。
EWSは、技術的な要素だけではなく、それを使う人々の能力向上や、コミュニティやローカルな知恵との組み合わせなど、包括的なアプローチをもって初めて効果を発揮します。各国は、EWSの開発・導入といった予防的な投資が人命を救い、損失を減らすという事実を踏まえ、洪水対策を講じるべきでしょう。
フィリピンのケーススタディ
フィリピンは世界で最もリスクが高い国とされており、洪水リスクのみに焦点を当てた分析でも、世界で9番目に高い洪水リスクを有しています。今回の『World Risk Report 2025』では、フィリピンの州レベルでの洪水曝露に関する地域分析が初めて実施されました。この分析は、効果的な洪水予防策を策定し、限られたリソースをどこに優先的に投じるべきかを決めるために、地域の詳細なリスク評価が不可欠であることを示唆しています。
洪水への暴露が非常に大きい地域として、カガヤン(Cagayan, 88.10)、アグサン・デル・ノルテ(Agusan del Norte, 87.51)、パンガシナン(Pangasinan, 85.19)、パンパンガ(Pampanga, 83.49)といった、平坦で人口密度の高い低地盆地が挙げられます。これらの地域は水がゆっくりと排水され、台風が定期的に長期的な洪水を引き起こすため、特に脆弱となっています。一方、マニラ首都圏(曝露ランキング6位、81.12)と隣接するラグナ州(曝露ランキング80位、0.02)の比較は、地理的要因とインフラの影響を明確に示しています。マニラは低地で土壌舗装度が高いため都市型の鉄砲水が発生しやすい一方、ラグナ州は丘陵地帯の地形と、国内最大の湖であるラグナ湖の緩衝効果という恩恵を受けています。この湖は自然の貯水地域として機能し、余分な水を一旦受け止めてゆっくりと放出することで、洪水リスクを軽減しています。
しかし、この指標上ではリスクが低いとされるセブで大規模な洪水が発生した事実もあり、リスク指標とは別に、異常気象が頻発する今、どこでも深刻な自然災害に襲われ得るということも忘れてはなりません。
セブでの洪水の様子
The flood is almost roof level in Talisay City, Cebu due to Tropical Typhoon "Tino".
— Jay⁷⁼¹ in BTS YEAR (@JayBangWool) November 4, 2025
I hope people have already evacuated before this happens. 🙏🇵🇭 pic.twitter.com/daG6l5jMiY
まとめ:予防的投資とローカルな適応策の重要性
『World Risk Report 2025』は、災害リスクが「曝露(自然現象の脅威)」と「脆弱性(社会の抵抗力)」の掛け合わせであることを改めて浮き彫りにしました。特に洪水リスクは、気候変動や急速な都市化によって世界的に増大しており、その影響は貧困や社会的な不平等と密接に関連しています。フィリピンの事例が示すように、マクロな国別のリスク評価だけではなく、州レベルやコミュニティ単位での詳細な分析が有効な対策を講じるには不可欠と言えるでしょう。そして、リスク軽減の鍵は「予防への投資」であり、本レポートでは特に早期警戒システム(EWS)の重要性が強調されました。「予防は人命を救い、コストを削減する」という本レポートにおける最も重要なメッセージに基づき、技術と社会の両面から包括的なアプローチを講じることが、今後の世界の災害レジリエンスを高める上で不可欠です。
こうした背景の中、スペクティはフィリピンにおいて、災害の発生やその進展を可視化するソリューション「Spectee Pro」を展開しています。大規模なITシステムを一から構築することと比べると安価に、かつハードウェアの初期投資の必要なく導入できる点で、災害に脆弱な発展途上国の災害対応能力を一気に底上げすることができる可能性を秘めており、今後は広くアジアへの横展開を図っていく計画です。特にフィリピンは助け合いの精神に富んだ人々が暮らす国であり、「ローカルな適応策」のベストプラクティスを学ぶことができるのではと期待しています。
(根来 諭)
Dec 24, 2025
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