【日刊工業新聞連載:第六回】なぜレジリエンスが必要か(地政学的リスク)
2025年4月より、Specteeは日刊工業新聞で「レジリエンス経営の未来」と題した全24回の連載を開始しました。「災害に強い企業を目指したい」「テクノロジーを活用した危機管理に関心がある」など、レジリエンス経営にご関心のある方は、ぜひ本レポートをご覧ください。連載で掲載された記事を順次転載してまいります。
現代の企業経営は、かつてないほど複雑で不確実性の高い環境に置かれている。数あるリスクの中でも、昨今特に注目を浴びているのが「地政学的リスク」である。本稿では、現在深刻化している地政学的リスクの観点から、企業経営におけるレジリエンスの必要性について考察する。
地政学的リスクとは何か
地政学的リスクとは、特定の国家や地域における政治的・軍事的・社会的な緊張や紛争、政策変更などが、国際関係や経済活動に及ぼす潜在的な脅威を指す。近年、この地政学的リスクは質・量ともに増大し、企業経営にとって看過できない重要なファクターとなっている。
具体的な例として、まず国家間の対立や競争の激化が挙げられる。米中間の覇権争いは、貿易摩擦、技術デカップリング、金融制裁といった形で企業活動に直接的な影響を及ぼしており、特定の国からの部品調達が困難になったり、輸出入が制限されたりするリスクを高めている。また、保護主義や自国第一主義の台頭も見過ごせない。各国が自国の産業保護や経済安全保障を優先するあまり、関税引き上げ、輸出規制、外資規制の強化といった措置を講じる動きが広がり、これにより、グローバルに事業展開する企業は、市場アクセスの制限やコスト増に直面している。現在米国のトランプ大統領の政策に世界が振り回されているのはこの最たる例である。
次に、地域紛争の勃発や長期化も大きなリスク要因である。ロシアによるウクライナ侵攻は、エネルギー価格の高騰、サプライチェーンの寸断(特に穀物や特定鉱物資源)、特定市場からの撤退・事業停止などを引き起こし、世界経済に大きな衝撃を与えた。同様に、中東やアジア太平洋地域における潜在的な紛争リスクも常に存在する。さらに、地政学的な対立を背景とした国家関与が疑われるサイバー攻撃の高度化も深刻な問題だ。
これらの地政学的リスクは多方面で企業経営に多大な影響を与え、原材料費、物流費、エネルギーコストの上昇、関税の賦課、規制対応コストの増加といったコスト増加に始まり、特定市場へのアクセス制限、需要の急減、ブランドイメージの毀損などによる収益機会の損失、サプライチェーンの寸断による生産遅延・停止、物流の停滞、従業員の安全確保の問題、拠点の閉鎖・移転といった事業運営の混乱が引き起こされる可能性がある。このように、地政学的リスクは企業の存続そのものを脅かすものであり、これらに適切に対処するためのレジリエンスの重要性が増しているのである。

地政学的リスクの時代におけるレジリエンスの重要性
地政学的リスクが常態化し、その影響が深刻化する現代において、企業がレジリエンスを強化することは、単なるリスク管理の範疇を超え、持続的成長と競争優位確立のための必須条件となっている。その具体的な理由は以下の通りである。
1.予測不可能性への対応
地政学的リスクの最大の特徴の一つは、その予測不可能性と突発性である。国家間の緊張が一気に高まったり、予期せぬ紛争が勃発したりすることは珍しくなく、従来の経験やデータに基づいた予測モデルだけでは対応が困難なケースが増えている。レジリエンスの高い組織は、このような不測の事態が発生した際に、状況を迅速に把握し、柔軟に対応策を講じ、組織全体として機動的に動くことができる。これは変化を脅威としてだけでなく、適応すべき環境として捉える能力とも言える。
2.事業継続性の確保
地政学的リスクは、サプライチェーンの寸断、生産拠点の機能停止、物流の混乱などにつながり、企業の事業継続を直接的に脅かす。例えば、特定の国に製造拠点を集中させていた企業が、その国との関係悪化や紛争によって操業停止に追い込まれるケースが考えられる。レジリエンスを重視する企業は、平時からサプライチェーンの多様化(調達先の複数化、生産拠点の分散)、代替生産体制の準備、十分な在庫の確保、代替輸送ルートの検討といったBCM(事業継続マネジメント)を徹底し、有事の際にも事業への影響を最小限に抑え、早期の復旧を実行することができる。
3.競争優位性の構築
危機的状況は、すべての企業にとって試練だが、同時に市場における勢力図を塗り替える機会ともなり得る。地政学的ショックによって多くの企業が混乱し、供給能力を失う中で、迅速に事業を再開し、安定的な製品・サービス供給を維持できた企業は、顧客からの信頼を獲得し、市場シェアを拡大するチャンスを得る。レジリエンスは、危機対応能力の差を通じて、企業の競争優位性を左右する重要な要素となるのである。
4.ステークホルダーからの信頼維持
企業は、顧客、従業員、株主、取引先、地域社会といった多様なステークホルダーとの関係性の上に成り立っている。地政学的リスクに起因する事業停止や業績悪化は、これらのステークホルダーからの信頼を大きく損なう可能性がある。レジリエントな企業は、危機時においてもステークホルダーとの適切なコミュニケーションを維持し、従業員の安全を最優先に考え、可能な限り事業を継続することで、社会的な責任を果たし、長期的な信頼関係を維持・強化することができる。
5.国家経済安全保障への貢献
個々の企業のレジリエンス強化は、国家レベルでの経済安全保障の確保にも寄与する。重要な物資や技術の供給が途絶えるリスクを低減し、国内産業の競争力を維持することは、国民生活の安定や国家の自律性にとって不可欠である。政府も企業のレジリエンス強化を支援する政策を打ち出すようになっており、企業と国家が連携してこの課題に取り組む必要性が高まっている。
このように、地政学的リスクが企業経営の前提となる現代において、レジリエンスは事業の存続と成長、そして社会的責任を果たすための根幹をなす経営能力と言えるのである。
レジリエンス強化に向けた企業戦略
地政学的リスクに対応し、企業レジリエンスを高めるためには、多岐にわたる戦略的アプローチが必要である。以下に主要な方策を挙げる。
1.リスクインテリジェンスの強化
まず、地政学的リスクを早期に察知し、その潜在的な影響を正確に評価するためのリスクインテリジェンス能力の強化が求められる。具体的には、国際情勢、特定地域の政治・経済・社会動向に関する情報を常時モニタリングし、専門機関のレポートや専門家の分析などを多角的に収集したうえで、自社の事業ポートフォリオやサプライチェーンにおける脆弱性と照らし合わせて影響範囲や深刻度を分析・評価する能力を獲得する必要がある。このプロセスには、定性的な分析に加え、可能な範囲で定量的な評価も導入し、リスクの優先順位付けを行うことが望ましい。さらに、分析結果を経営層や関連部門と迅速に共有し、意思決定に資する体制を構築することが肝要である。このようにして磨かれたリスクインテリジェンスは、事業戦略や新規投資の判断、さらには既存事業の見直しにおいても、羅針盤としての役割を果たす。
2.シナリオプランニングとBCPの実効性向上
次に、予測困難な地政学的変動に備えるため、シナリオプランニングとBCPの実効性を高めるアプローチが重要である。シナリオプランニングでは、起こり得る複数の深刻な地政学的リスクシナリオ(例えば、特定国間の関係が急激に悪化し貿易が制限される、重要な輸送路が紛争により封鎖される、サイバー攻撃により基幹システムが停止するなど)を具体的に想定する。そして、各シナリオが自社のサプライチェーンを含むオペレーションや財務、人的資源などにどのような連鎖的影響を及ぼすかを詳細に分析・評価しなければならない。このシナリオ分析の結果を踏まえ、それぞれの状況に対応するための具体的な行動計画、代替策、復旧手順を盛り込んだBCPを策定または更新する。しかし、BCPは文書として存在するだけでは意味をなさない。定期的な訓練やシミュレーション演習を通じて、従業員の習熟度を高め、計画の不備や課題点を洗い出し、継続的に改善していくプロセスが不可欠である。これにより、万が一の危機発生時にも組織全体が迅速かつ効果的に対応し、事業への影響を最小限に抑えることが可能となる。
3.サプライチェーンの強靭化
最後に、地政学的リスクによる供給途絶の脅威に直接的に対応するため、サプライチェーンの強靭化は喫緊の課題である。これには、まずサプライチェーン全体の可視化を進め、ボトルネックや特定の国・地域、単一サプライヤーへの過度な依存といった脆弱性を特定することが第一歩となる。その上で、調達先の多様化(マルチソーシング)、生産拠点の地理的な分散、代替輸送ルートの確保といった戦略を推進する。また、重要な部品や原材料については、コストとのバランスを考慮しつつ戦略的な在庫を積み増すことも有効な手段である。さらに進んで、主要サプライヤーとの連携を強化し、リスク情報を共有したり、共同でBCPを策定したりすることも検討すべきである。これらの施策を通じて、サプライチェーンの途絶リスクを低減し、有事における事業継続能力を高めることが目標となる。

(根来 諭 Spectee取締役COO 海外事業責任者)
紙面掲載日 July 23, 2025
信頼できる危機管理情報サービスとして続々導入決定!
スペクティが提供するAI防災危機管理情報サービス『Spectee Pro』(https://spectee.co.jp/feature/)は、多くの官公庁・自治体、民間企業、報道機関で活用されており、抜群の速報性・正確性・網羅性で、危機発生時の被害状況などをどこよりも速く、正確に把握することが可能です。
また、『Spectee SCR』(https://spectee.co.jp/service/specteescr/)はサプライチェーンに影響を与える危機を瞬時に可視化し、SNS・気象データ・地政学リスク情報など様々な情報をもとに、インシデント発生による危機をリアルタイムで覚知し、生産への影響や納期の遅れ等を迅速に把握することができます。
- お問い合わせ:https://spectee.co.jp/contact/
- お電話でのお問い合わせ:03-6261-3655(平日9:00~17:30)

