「遠洋津波」の恐ろしさ

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「不意打ち」の恐怖

2025年7月30日午前8時すぎ(日本時間)、ロシア・カムチャツカ半島の東方沖を震源とするマグニチュード8.8の巨大地震が発生しました。この地震では震源付近のロシアで大きな被害が出た一方、日本国内では震度1以上の揺れを観測した地点がほとんどありませんでした。しかし、この地震の真に恐ろしい点は、揺れを感じないほど遠く離れた地へ、長い時間をかけて津波が伝播する「遠洋津波(遠地津波)」が発生した点にあります。実際に、地震発生から数時間後には日本へ、さらに数十時間から約1日かけてハワイや南米へと、目に見えないエネルギーが海を渡って到達しました。たとえ足元に揺れを感じず、一見して海に変化がないように見えても、数千キロ先で発生した巨大なエネルギーが時間差で静かに押し寄せてくる。この「不意打ち」のような時間差の襲来こそが、遠洋津波が持つ隠れた脅威と言えます。

遠洋津波の恐ろしさを語る上で、私たちは1960年のチリ地震津波という歴史的教訓を忘れることはできません。南米チリで発生したM9.5という人類史上最大級の地震により、津波は広大な太平洋を時速約750kmというジェット機並みの速さで横断しました。約1万7000kmもの距離を22時間半かけて移動し、日本に到達したのです。当時の日本では、全く揺れを感じていない状況で突如として海面が上昇し、三陸海岸を中心に142名もの尊い命が奪われました。

<1960年チリ地震津波の到達時間を表した図>

物理的性質がもたらす「破壊的なエネルギー」の正体

なぜ、数千キロという長旅を経てなお、津波はこれほどの破壊力を維持できるのでしょうか。その答えは、津波が海面付近の現象ではなく、海底から海面までの「全海水」がひとつの塊として動くという物理的特性にあります。

私たちが海水浴場で目にする通常の波(風浪)は、風によって海面付近の水が円運動をしているに過ぎません。これに対し、地震によって引き起こされる津波は、水深数千メートルの海底から海面までの巨大な水の柱がそのまま水平方向に移動する現象です。 津波は、水深4000メートルの深海では、時速約700km以上という驚異的なスピードで進みます。

さらに重要なのは波長の長さです。通常の波の波長はせいぜい数百メートルですが、津波の波長は数十キロから、巨大なものでは200キロを超えます。波長が長いということは、エネルギーが拡散しにくいことを意味し、津波が太平洋を横断しても勢いを失わなかったのはこのためです。また、津波が陸地に近づき水深が浅くなると、前方の波が減速する一方で、後方から膨大な水の塊が追いつき、垂直方向に積み重なります。これにより、沖合ではわずか30〜50cmの隆起に過ぎなかった波が、沿岸では数メートルの「水の壁」へと変貌するのです。さらに、リアス式海岸のように奥に向かって狭まる湾内では地形増幅が生じ、波高がさらに数倍へと跳ね上がるため、その威力は極めて甚大なものとなります。

日本の「盾」と命を守るための次世代対応策

こうした津波に対して、日本はどのような備えを行っているでしょうか。2011年の東日本大震災という未曾有の悲劇を経験した日本は、その教訓を技術へと昇華させ、世界で最も緻密な海底地震津波観測網であるS-netとN-netを構築しました。これが2025年のカムチャツカ地震において、確実な早期避難を支える盾となりました。

S-net(日本海溝海底地震津波観測網)
日本海溝沿いの海底に設置された、世界最大規模の地震・津波観測ネットワークです。北海道沖から房総沖にかけての広い海域に、約150箇所の観測点(観測装置)が数珠つなぎに配置されています。 最大の特徴は、海底に直接センサーを設置しているため、陸上の観測点よりも早く地震や津波を検知できる点です。これにより、緊急地震速報や津波警報を数秒から数分早く出すことが可能になり、沿岸部の住民の避難時間を確保する重要な役割を担っています。

N-net(南海トラフ海底地震津波観測網)
高知県沖から日向灘にかけての海域(南海トラフの西側)をカバーするために構築された最新の観測網です。 東側にある既存の観測網「DONET」と連携することで、将来の発生が懸念される南海トラフ巨大地震の想定震源域をほぼ全域にわたって網羅します。S-netと同様に、観測データを光ファイバーで陸上拠点にリアルタイム送信する仕組みを備えており、これまで観測が空白地帯だった海域の状況を詳細に把握することで、より精度の高い防災情報の提供を目指しています。

これらのシステムの中核を担うのは「水圧計」です。海底に設置されたセンサーが、頭上にある海水の重さ(水圧)の変化をミリ単位の精度で計測します。これにより、従来の沿岸にある「検潮儀(海面の高さを測る棒のような装置)」では波が到達してからしか分からなかった津波を、数十分早く、沖合の深海でダイレクトに捉えることが可能になりました。

(出典:防災科学技術研究所)

但し、優れた観測システムがあっても、最終的に命を救うのは「個人の避難行動」です。遠洋津波に対して、我々は改めて次の点について認識を持つべきだと考えます。

❶「揺れ」で判断しない
「揺れが小さかったから津波は来ない」という考えは、遠洋津波には通用しません。地震の揺れそのものを感じなくても津波は到達するため、スマホの通知や自治体の放送といった情報を唯一の判断材料にするべきです。
❷自分の判断で避難を「解除」しない
遠洋津波は、第一波よりも数時間後に来る波の方が高いケースが非常に多くあります。潮が引いたからといって自宅の様子を見に行ったり、勝手に片付けを始めたりすることは極めて危険です。
❸「垂直避難」を積極的に検討する
遠洋津波は到達まで数時間の猶予があることも多いですが、車での避難による渋滞に巻き込まれるリスクがあります。無理に遠くへ逃げるのではなく、近くにある頑丈な「津波避難ビル」の上層階へ逃げるという選択が、命を守る最善の策になる場合もあります。

過去の教訓と日本の高度な観測技術をベースとしつつ、一人ひとりが適切な避難を実践することが求められます。

(根来 諭)
February 12, 2026


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