米国連邦議会乱入事件の衝撃とSNSの危険性
- 国際情勢
SNSが伝えた衝撃
2021年1月6日、米国連邦議会において大統領選挙の結果を確認する手続きが進められていた途中、トランプ派のデモ隊が乱入し、計5名が死亡する(1月9日時点)という衝撃的な事件が起こりました。乱入の様子はSNSを通じてリアルタイムで拡散され、多くの人が目の当たりにすることとなりました。
SNSのポジティブな側面は、ある事象が起きた際に、特定の記者やカメラマンがとらえたものではなく、多くの人が様々な角度からとらえた動画・写真・文字情報をリアルタイムに共有できることで、これは報道や危機管理の世界を大きく変えるものです。一方でネガティブな側面は、その分散的な性質ゆえに、嘘の情報や不確かな情報も誰かのチェックを受けることなく伝播させてしまう点にあります。
今回の議会乱入事件に大きな影響を与えたのが「陰謀論」だと言われています。陰謀論とは、特定の出来事が、何か邪悪な集団や人物による陰謀や策略によるものだとするもので、中でも「Qアノン」と呼ばれる陰謀論が力を持っています。Qアノンとは、「Q」と名乗る人物が2017年に米国のインターネット掲示板に書き込んだ投稿に端を発するもので、「トランプ大統領は単なるアメリカ大統領ではなく、小児性愛者の民主党議員やハリウッドスター、財界の大物たちが運営するディープステート(闇の政府)と戦うヒーローである」、「ヒラリー・クリントン氏やバラク・オバマ前大統領など民主党を代表する面々が実は児童売春組織の一味で、世界を支配する大規模な陰謀計画を企てている」、などと主張しています。当然、確たる根拠はないのですが、こうした主張は特定の人の心を強くつかむ力があるようで、米国だけならず世界中に広がりを見せています。その陰謀に立ち向かおうとする、独善的な正義感を持った人々が、議会への乱入という暴挙を起こした集団に少なからず混じっていたと見られています。
陰謀論浸透のメカニズム
なぜSNSで、このような陰謀論が深く広く浸透したのでしょうか。そこには2つのメカニズムが作用したと考えられます。ひとつは「エコーチェンバー現象」。メディアから情報を受け取り、個人がその情報を同じような意見を持つ人たちとの狭いコミュニティの中で伝えあうことで、特定の信念が増強される現象を言います。エコチェンバーとは残響室を意味し、狭い部屋の中での声が残響としていつまでも響き続けるさまに似ているため、この名称がつきました。もうひとつは「フィルターバブル現象」。SNSやインターネットの検索サイトのアルゴリズムは、その人が見たい情報を見せるように設計されています。フィルターを通り抜けた、見たい情報だけが、世界のすべてのように錯覚してしまうことにつながります。
いずれもSNSにおいて発生しやすい現象であり、共通しているのは視野が狭くなり、また第三者からの間違った情報に対する指摘や反対意見などが入ってこなくなるという点です。陰謀論についても、例えばSNSの特定のグループ内で議論が交わされる中で、信念が増強されていったことは想像に難くありません。そして、SNSやインターネットで増幅された考えが、現実世界での行動に結びついてしまったのが今回の議会乱入事件だと言えるでしょう。
そこにある危機
これはアメリカにおける対岸の火事ではなく、SNSの普及した日本でも当然起きている現象です。前述のQアノンも日本に支部があり、米国で生まれた陰謀論も、現在であれば距離や言語を易々と飛び越えて伝播します。また、5Gに関する陰謀論も力を日本を含む広い範囲で影響力を持っています。これは「5Gの電波が新型コロナウイルスを拡散させている」「5Gの基地局は人々を監視するためのものだ」とするもので、実際に整備が進められている5Gの基地局が破壊される事件が多く起きています(米国ナッシュビルで2020年12月25日に起きた爆破テロの犯人もこの5G陰謀論の信奉者であった可能性が指摘されています)。さらに、現在新型コロナウイルスのワクチン接種が始まっていますが、「ワクチンは政府が人口を意図的に減らすための生物兵器だ」とするワクチン陰謀論は以前から根強く、感染拡大を止めるための集団免疫の獲得にとって障害になる可能性があります。これらの陰謀論が日本にもどれだけ根をはっているのか、SNSやインターネット検索で容易に知ることができるでしょう。
このように、エコーチェンバーやフィルターバブルによる問題は深刻で、TwitterやFacebookのようなプラットフォームは、陰謀論やフェイクニュースに対する対策をおろそかにしてきたと何年も批判されてきました。今回の事件では、トランプ大統領のTwitterアカウントが凍結されるに至りましたが、そうやってSNSのプラットフォームが規制を強め、意見表明を監視し、必要があれば封殺することはベストな方法なのでしょうか?民主主義の根幹である表現の自由、言論の自由と矛盾するのではないかという指摘も根強くあります。
そんななか、新しい取り組みも芽生えてきています。筆者が注目しているのは、エコーチェンバー問題に取り組む米国のスタートアップ企業Gawqによる意欲的で新しいニュースアプリです。このアプリは、ユーザーが見たい情報を見せるのではなく、情報ソースが左右どちらに偏っているのかを明確にしたり、その情報に関するファクトチェックをすぐにできるような仕組みを取り入れることで、ユーザーの視野が狭くなることを防いでいます。また、第三者によるチェックという意味では、スペクティも参画するファクトチェック・イニシアティブが積極的に活動を行っています。新型コロナウイルスについても多くの誤った情報が流布したことを受け、特設サイトを設けてファクトチェック情報を広く公開しています。
画一的な情報がマスメディアを通じて大衆に一方的に伝えられる時代から、インターネットを介して多方向に情報が行き交う時代に移行してまだそれほど経っていません。こうした問題に対する特効薬は無く、色々と模索しながら取り組み、最適解を見つける努力が必要であると考えます。
(根来 諭)
January 09, 2021
参考情報
未来社会構想2050(三菱総合研究所)
https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/ecovision/20191011.html
日本にも「Qアノン」、独特な信奉者集団は陰謀論の世界的広がり示す(Bloomberg)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-11-29/QKDKITT0AFB701
AT&Tのナッシュビル施設爆破犯(63)は5G陰謀論者の可能性(IT Media)
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2012/28/news034.html
フェイクニュースとソーシャルメディアの「共鳴室」問題をスマートなニュースアプリで解決するGawq(TechCrunch)
https://jp.techcrunch.com/2020/12/28/2020-12-17-gawq-wants-to-burst-your-echo-chamber-with-its-smarter-news-app/