パキスタン・カラチの証券取引所襲撃事件 バルチスタン解放軍とは

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パキスタン最大の都市カラチにて6月29日、証券取引所が襲撃されました。自動小銃を持った襲撃犯たちは手榴弾を正面から投げ込み、建物の外にいた警備員たちに対して銃撃を開始。警備員4名、警察官1名、現場に居合わせた人1名の合計6名が犠牲となり、襲撃犯4名も治安部隊によって射殺されました。




この事件に関し、犯行声明を出したのがBalochistan Liberation Army (BLA、 バルチスタン解放軍)。 主に同国南西部バルチスタン州で、バローチ族による分離独立を目指する反政府武装組織の一つです。なぜこのBLAがテロ事件を起こしたのか。そこには、均質な文化や言語を持つ日本に住む我々からは想像するのが難しい、パキスタンならではの背景があります。


多民族国家パキスタン

パキスタンは1947年にイギリス領インド帝国から独立した国で、国境をインド、中国、アフガニスタン、イランと接し、イスラム教徒が圧倒的多数を占めます。パキスタンの行政区分は概ね下記のように分けられますが、見てお分かりの通り、多くの民族や言語が存在し、ひとつの国の中に全く特色の異なる地域が併存しています。

 

バルチスタン州

人口 約9百万人
民族 バローチ族、パシュトゥーン族、ハザーラ族など
言語 バローチ語、パシュトー語、ブラーフイー語、ペルシア語など
特色 州名は「バローチ族の国」を意味する。厳しい乾燥した地で、夏は酷暑と冬は極寒という気候。

シンド州

人口 約48百万人
民族 シンド人、但しカラチにはあらゆる民族が集まっている
言語 シンド語、サライキ語、ウルドゥー語など
特色 最大の商業都市であり港湾都市のカラチを抱える。カラチではパキスタンに暮らすあらゆる民族が交じり合っているのに加え、アフガニスタンからの避難民もおり、民族・部族対立や貧富の格差による対立で非常に危険な都市であったが、近年は治安維持活動によって状況は改善している。

パンジャブ州

人口 約110万人
民族 パンジャブ人、その他
言語 主にパンジャブ語、その他ウルドゥ語、サライキ語など
特色 首都イスラマバードや古都ラホールを抱え、パキスタン総人口の約半数に達するパンジャーブ人が主に暮らしている。

アザド・カシミール

人口 約4百万人
民族 グジャール族、スダン族など多数の少数民族が暮らす
言語 主にウルドゥ語、その他ヒンドコ語、グジャール語、ドーグリー語など
特色 インド・中国との国境紛争を抱えるカシミールのうち、パキスタンが実効支配するエリア。

ギルギット・バルチスタン州

人口 約2百万人
民族 ダルド人、カシミール人、パシュトゥーン人など
言語 主にウルドゥ語、その他シナー語、バルティ語、ワハン語など
特色 アザド・カシミールと同じく、国境紛争を抱える中でパキスタンが実効支配する地域である。地域全体にカラコルム山脈が貫く。

カイバル・パクトゥンクワ州

人口 約36百万人
民族 パシュトゥーン人、タジク人、ハザラ人など
言語 主にパシュトー語、他にヒンドコ語、サライキ語など
特色 アフガニスタンと国境を接し情勢は不安定だが、北部は豊かな森林に恵まれる。

連邦部族直轄地域

特色 2018年5月31日の憲法改正によってカイバル・パクトゥンクワ州に編入された地域であるが、パキスタンの中でも最も辺境として知られ、現地部族が強く、パキスタン中央政府の支配はほとんど及んでいない地域である。主な民族はアフガニスタンと同じパシュトゥーン人であり、中央政府の法制度が行き渡らない中で、パキスタン・アフガニスタン間の密輸が頻繁に行われている。

その歴史的背景

バルチスタンの歴史を紐解いてみると、7世紀にはウマイヤ朝、8世紀にアッバース朝、13世紀はモンゴル人によるイルハン国、15世紀にチムール帝国の版図に入り、18世紀にサファヴィー朝ペルシアとムガール帝国が崩壊する事で独立。しかし1840年にはイギリス軍が侵攻し、その保護領となりました。イギリスはバルチスタンを4つの藩王国に分割して統治しましたが、1947年にイギリスのインド統治が終わりを告げます。その後はインドやパキスタンには参加せずに独立する道を模索したものの、パキスタンの軍事的圧力によってパキスタンに併合されることとなりました。これが現在に至る独立運動の原点となります。

そして、分離独立を目指す武装勢力はBLAだけではなく、バルチスタン解放戦線(BLF)、バルチスタン共和国軍(BRA)などを中心に、多く乱立していますが、BLAが犯行声明を出しただけでも近年これだけのテロ事件を起こしています。

2017年5月

バルチスタン州グワダル湾近郊で道路作業員が銃撃を受け、10名死亡。

2018年11月

カラチにある中国総領事館が襲撃され、市民と警察官4人が死亡。

2019年5月

バルチスタン州グワダルでホテルが襲撃され、ホテル従業員4人と兵士1人が死亡。


ちらつく中国の影

こうしたテロを伴う独立運動を衝き動かしているのは、先述した歴史的背景だけではありません。バルチスタンはパキスタン国内でも発展が遅れている地域で、識字率も低く、多くの人が貧困に苦しんでいます。また、バルチスタンは鉱物や天然ガスなどの資源に富む土地ではありますが、中央政府の不平等な扱いによって、バルチスタンの人々がその恩恵に浴することができていないという不満が堆積しています。

加えて見逃せないのが、世界の覇権への野心を隠さない中国の存在です。中国は2014年に、中国とヨーロッパやアジア・中東・アフリカを陸路と空路で結ぶ広域経済圏構想「一帯一路」を提唱し、この構想に基づき各国にインフラ構築支援をしています。パキスタンについては「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」構想に基づいて、中国西部からパキスタンを南北に縦断し、バルチスタン州グワダルまでを結ぶ道路・鉄道・パイプラインなどを建設する大規模インフラ整備事業が進められていますが、これがバルチスタンの人々の不満を募らせる原因となっています。なぜならば、このCPECの計画の要所となるグワダル港は中国の会社によって経営されており、この会社が向こう40年は収入の約9割を受け取る形となっており、地元バルチスタンの人々に還元される利益はごくわずか。これに対する反発が中央政府や、現地中国人に対して向かっている構図です。

事実、BLAは2019年1月、「中国が地元の資源を搾取し続ける限り、中国による一帯一路プロジェクトへの攻撃を続ける」と警告を発しています。バルチスタンの人々の目には、中国人はパキスタン中央政府と結託し、バルチスタンの重要な資源を奪っていく搾取者と映っているのでしょう。

 

パキスタンにおけるテロの発生件数は、ピークである2009年には3,816件に上り、死者・負傷者は2万5千人を超えましたが、その後武装勢力やギャングの掃討作戦によって状況は大幅に改善、2017年には9割減の370件まで減少しました。しかし、その2017年に発生したテロ事件のうち、バルチスタン州が165件と半数近くを占める状況から、バルチスタン州については引き続き警戒をする必要があります。また、言うまでもなく日本人は、現地人にとって中国人と見分けがつかないケースも多いことから、現地に反中国感情があることを認識したうえで慎重な行動をとる必要があると思われます。

(根来 諭)
July 14, 2020

参考情報

公安調査庁HP : バルチスタン解放軍(BLA)
http://www.moj.go.jp/psia/ITH/organizations/SW_S-asia/BLA.html/

パキスタンを知るための60章(明石書店)
www.amazon.co.jp/dp/4750317624

パキスタンの隠れた紛争:バルチスタン(GNV)
https://globalnewsview.org/archives/7377

地域・分析レポート(JETRO)
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2018/44eafcea5f21dd9e.html

Why Balochistan Liberation Army, which targets Chinese interests in Pakistan, may have attacked Karachi stock exchange (The Indian Express
https://indianexpress.com/article/explained/pakistan-stock-exchange-attack-karachi-balochistan-liberation-army-6481916/


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