世界的OSINT団体『ベリングキャット』のワークショップに参加して
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スペクティでSNS分析に携わる筆者は、ネット上の公開情報を分析するOSINTと呼ばれる手法で数々の成果を挙げている欧州の調査団体「ベリングキャット」のワークショップに参加する機会を得ました。最先端の調査手法やOSINTに関する技術の知見について、大きな実りが得られる非常に意義深いものであったため、今回はその内容の一端を紹介したいと思います。
ベリングキャットとは
ベリングキャットは、ネット上の公開情報を分析するOSINT(オープンソース・インテリジェンス)の手法を使い、偽情報の検証などを続けています。特に、マレーシア航空17便撃墜事件 (2014年) の容疑者を特定したことで世界的に名声が高まりました。ベリングキャットは数年前より、OSINTの手法などをレクチャーする対面式のワークショップを開催していましたが、コロナ禍以降その数は減少しており、近年はオンラインの開催が増えていました。かつて筆者はオンラインのものに一度参加したことがありましたが、SNS分析の疑問点の解決やより詳細な調査手法を学ぶべく、この度、ロンドンで開かれた対面式のワークショップに参加することにしました。
参加者はアメリカとヨーロッパ各国のジャーナリストや研究者ら総計20人で、日本人は筆者だけ。原則として、軍関係者や情報機関関係者は参加できません。保安上の理由から開催場所は直前になってようやく教えられ、内容の録音、漏洩なども禁じられています。そのため、ここでは紹介できない内容のほうが多いことはご容赦いただきたく思います。
実際に、参加者にどのような分野に興味、関心があるかについて尋ねてみると、現在大きな動きがあるアメリカ政治やロシア情勢に興味を持っているという人に加え、偽情報と人権との関わりに大きな関心を寄せている人が少なからずいました。これは今回のワークショップに限らず、過去に筆者がファクトチェックに関する国際会議などに出席しても同様でした。世界の一部の地域において、権威主義国家による偽情報拡散に対して活動しているファクトチェック団体は、当局から政治的弾圧を受ける可能性があり、彼らの仕事は文字通り命がけであることに思いが至りました。
ワークショップの内容は
今回のワークショップは、SNS分析の手法とその心構えから始まり、AI生成コンテンツの分析、グループワークなどを含んで5日間にわたって行われました。その中で、筆者にとって特に印象的だった3点を以下に記したいと思います。
はじめに、筆者は、SNSや衛星画像の解析の専門家であるCalros Gonzalez氏から、マンツーマンで専門分野のレクチャーを受けることができました。Gonzalez氏は、エンジニア出身で、この記事にもあるように、最近は銃声を解析することで発砲者の距離や方向を特定する調査に取り組んでいます。過去には100時間かかって画像が撮影された場所の特定に成功したケースもあったといいます。2020年にはEuropean Press Prize category Innovationにもノミネートされており、場所特定のプロと言える存在です。Gonzalez氏のサポートを受けて筆者が取り組んだ作業の中で、非常に興味深かったのは以下のX投稿の分析です。
On April 19, 2023, a video of the latest scorched earth campaign and continued genocide in Darfur as the coup regime's militias hunt civilians in the town of Forobaranga, West Darfur, like birds. pic.twitter.com/ZvcwehyS1j
— Abdul Wahid Mohamed EL NUR (@AbdulwahidElNur) April 17, 2023
この動画がどこで撮影されたかを特定せよと問われた際、投稿のテキスト欄にある情報だけを利用して「スーダン・西ダルフール州のフォロバランガ」とするのでは100点満点で10点の回答にしかなりません。具体的な手法は記しませんが、この事例のようにSNS上の場所の特定によく使われるGoogleストリートビューの対象外の地域であっても、SNS情報と衛星画像解析などを組み合わせることで、詳細な撮影場所を絞り込むことができます。現状では、スペクティはSNS情報の分析に重きを置いていますが、より詳細な分析には「SNSと衛星画像」のように複数のリソースの組み合わせが必須だと考えられます。この他にも、SNS分析で使用できるさまざまなツールや、その活用法のヒントを学ぶことができました。そして何より、この世界の第一人者といえるGonzalez氏との知己が得られたことは存外の喜びでした。
2点目は、ワークショップ最終日に行われたグループワークです。ここでは、OSINTの手法を用いて各自が調査に取り組んでみたい複数のテーマを多数決で決め、4つの班に別れてそれぞれのテーマを調査しました。筆者は「衛星画像でロシアの特定の墓地の拡張を分析し、ロシア・ウクライナ戦争における戦死者数との関連を調査する」というテーマを提案し、6票を得たものの残念ながら選外に。他の参加者が提案した「国際的な違法臓器売買の追跡」というテーマに興味を持ち、その班の調査に加わりました。
そこでまず実感したのは、このような国際的な事例を調査するには、TelegramやFlickerなど日本ではなじみのないSNSの分析がどうしても必要になるということです。言い換えれば、日本人にとってはやや難しい作業といえます。筆者は関連する人物のFacebookのページを見つけたぐらいでそれほどチームに貢献することはできませんでしたが、それでも班のメンバーの奮闘によって、インドからミャンマーにわたって存在する、違法臓器売買が行われている病院、該当する人物のメールアドレスや、電話番号などを特定することができました。

そして3点目は、関連する分野の技術発展のスピードの速さです。AI生成画像は、わずか3年前の2022年以降、誰もがそのサービスを簡単に使用できるようになりました。現在、ネット上には、実際の画像と区別がつかないほどのAI生成画像が溢れているのは周知のとおりです。一方、AI生成「動画」については2025年現在で、真偽の区別がつくケースがまだ多いのではないでしょうか。AI生成動画の氾濫について、ワークショップでは「まだ主流ではないが、まもなく主流になる (Not Mainstream but soon)」と予言的に説明がなされていました。このほかにも、上記の銃声解析など技術面に関する最新の知見も紹介されていました。技術の発展のスピードをふまえると、現在と3年後のワークショップを比較するなら、その内容は大きく進化し、全く異なるものになっているでしょう。
最後に、筆者にSNS分析の大きな示唆を与えてくれたGonzales氏はじめ、ワークショップの講師を務めたいずれもジャーナリストのGeorge Katz氏とベリングキャット創設者Eliot Higgins氏の兄・Ross Higgins氏にこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。
(大久保 陽一)
May 20, 2025
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