【書籍紹介】レジリエントな社会 -危機から立ち直る力

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  • レジリエンス
  • サプライチェーン

本書は「レジリエンス」という概念を体系的に説明するとともに、政治・経済・社会における様々なリスクを取り扱い、これからは危機対応型のマインドセットに転換しなければならないと呼びかける、米国プリンストン大学教授のマーカス・K・ブルネルマイヤー氏による著作です。


レジリエンスという言葉がもてはやされています。レジリエンスとは、もともとは心理学分野の言葉で、困難で脅威的な状況にも関わらずうまく適応する過程・能力・結果のことを指します。それが広く社会的な事象を語るのによく援用される背景には、自然災害・気候変動・戦争・感染症の蔓延などの危機的な事象が頻発し、社会が揺らいでいることがあるでしょう。

「レジリエンス(Resilience)」とは、危機に陥ってもしなやかかつ強力な復元力で立ち直る力を意味します。その対となる「ロバストネス(Robustness)」という言葉と対比することでイメージをよくつかむことができるかもしれません。著者は有名なイソップ寓話「樫と葦」を持ちだします。樫の木は頑強で力強く、ロバストな存在です。普通の風に吹かれたくらいではビクともしませんが、あまりに激しい嵐(危機)に見舞われた際にはへし折れてしまい二度と元の状態には戻りません。一方で葦は弱い風に吹かれただけで曲がってしまいますが、強い嵐に見舞われたとしてもそれを受け流し、また元の状態に戻っていくしなやかさがあります。葦は樫の木と比べてレジリエントな存在と言えるでしょう。

日本の建築基準は世界で最も厳格で、多少の地震ではびくともしませんが、震度7に達するような大地震や土砂崩れなどに見舞われると潰れてしまいます。一方、フィリピンの農村部でバラック小屋に住んでいる人に「台風が来た時、家はどうなってしまうのですか?」と尋ねた際、「つぶれてしまうけど、すぐに建て直せるから大丈夫」と言われて目から鱗が落ちた思いがしました。家屋がつぶれたら避難所や親族・知人の家に逃げなければならない我々日本人に比べ、こと「雨露をしのぐ」という意味では、フィリピンの農村部の方がレジリエントな社会と言えるのかもしれません。

17世紀、ラ・フォンテーヌの寓話「樫と葦(Le Chêne et le Roseau)」の挿絵

レジリエンスを実現するには

著者はレジリエンスを高める要素として下記を挙げます。

①順応性、柔軟性、変化能力
②代替可能性
③多様性と開かれた心
④バッファと冗長性
⑤リスクへの暴露

最後の「リスクへの暴露」が意味するのは、時折小さなショックや危機事象を経験することによって、対処方法を学べるということを意味しています。人間が無菌環境において育った場合、免疫のシステムが十全に機能しなくなることに似ているかもしれません。

また、著者はレジリエンスを実現するためには二本の柱があると主張します。一本目の柱は「最初のショックを封じ込めること」。そして二本目は「復元の条件を作り出すこと」。下図は事業継続計画(BCP)の概念図としてよく目にするものですが、BCPの目的はまさにこの二本の柱に沿って策定するものであり、致命的なダメージを受けず許容範囲内のインパクトで済ませるとともに、速やかに復旧を実現することを目指します。BCPの策定はレジリエンスを高めるための方策として有効であると言えるでしょう。

サプライチェーンのレジリエンス

また昨今、自然災害や地政学的なリスクの顕在化によって、生産や物流が阻害される事象が頻発し、サプライチェーンをいかにレジリエントなものにしていくかの議論が高まってきています。著者は、書籍の帯にあるように「ジャスト・イン・タイム」から「ジャスト・イン・ケース」へマインドセットを転換することを提唱しています。

「ジャスト・イン・タイム」とは「必要なものを、必要な時に、必要な量だけ生産することで、在庫を徹底的に減らして効率化すること」です。最強を誇った日本の製造業の生産管理システム思想をあらわす言葉で、一切の冗長性を排し、効率性を徹底追求したものです。ただし冗長性に欠ける分、何か予期しない危機事象が発生した場合には、影響が生産のエコシステム全体に広がってしまうという欠点があります。

危機の時代において、我々は冗長性を悪者扱いせず、レジリエンスを高めるものとしてみなすべきでしょう。万一に備える「ジャスト・イン・ケース」へ。但し、冗長性を持たせることはコストアップにつながることは間違いありません。ここで重要なのは、やみくもにバッファを設けるのではなく、自分たちをとりまくリスクをしっかりと評価して、どこに脆弱な部分が潜んでおり、どれだけの冗長性を持たせるのが妥当なのかを計画することではないでしょうか。

日本のコロナ対応は

また著者は、社会は多くの場合「社会契約」を通じてレジリエンスを獲得すると説きます。社会が社会契約を実行するためのアプローチには①行政による執行、②社会規範、③自由市場メカニズムがあります。

日本は新型コロナウイルス感染症の困難を、世界の中では比較的うまく乗り切ったようにも見えます。厳しいロックダウンなど強力な政府介入はなく、外出を控えて経済活動を抑制する、ワクチンを接種する、公的な場でマスクを着用するといった個人レベルの対応が統一的に取られたことが功を奏したと言えるでしょう。これについて著者は、社会規範の順守を重視する強力な文化(恥の文化)があることが背景だと分析しています。

しかし一方、先進各国ではワクチン開発をはじめとしてコロナ禍がイノベーションを誘発したのに対し、日本企業による投資は落ち込み、政府は雇用調整助成金を気前よく出すことによってコロナ前の構造における雇用を守りました。別の言い方をすれば、「ニューノーマル」という新しい世界を前提として、そこに向けて変化・適応する力において、日本社会は弱かったと言えるのではないでしょうか。


レジリエンスを高める要素として一番目に挙げられた「順応性、柔軟性、変化能力」。私はこの要素がレジリエンスの本質なのではないかと考えています。復旧・復元というと「元の状態に戻る」ことが意識される言葉ですが、我々の社会や環境は常に変化を続け、同じ状態に留まることはありません。そうした絶え間ない変化に対して自らを変えていくこと。そして新しい環境に適応していくこと。これこそがレジリエンスであり、危機事象が頻発する時代において、個人・組織・社会が生き抜いていくために最も大切なもののひとつなのではないでしょうか。

(根来 諭)
November 06, 2024


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