天災と政変:ミャンマーの行方は?

  • 防災
  • 国際情勢
  • サプライチェーン
  • 自然災害

自然災害が政治体制を揺るがす

人間社会は、古くから天災という避けがたい脅威にさらされ続けてきました。地震、津波、洪水、干ばつなどの自然災害は、単に物理的な破壊をもたらすだけでなく、しばしば国家や政治体制の命運にまで深い影響を与えてきました。近現代史を振り返ると、天災が政治的変動の引き金となった事例は数多く存在します。災害が引き起こす破壊、混乱、そして絶望は、ときに時の権力の正当性を根本から問い直す契機となるのです。

たとえば1962年、イランのブーインザフル地方を襲った大地震は、約1万2千人もの死者と、数千戸の家屋倒壊という甚大な被害を出しました。当時、権威主義体制を強めていたパフラヴィー朝に対し、地震は国民の不満を浮き彫りにします。シャー国王は、地震後の救援活動の遅れと地方貧困層への無策を背景に、社会的安定の必要性を痛感し、翌年「白色革命」と呼ばれる土地改革や教育拡充、女性の権利向上を含む近代化政策を打ち出します。しかし、これらの改革は宗教保守層や地主階級の反発を招き、かえって政治的不安を深める結果となりました。この地震は、単なる自然災害にとどまらず、イラン社会の格差と統治の限界をあぶり出し、やがて1979年のイラン革命への伏線となったのです。

また1972年、中米ニカラグアで発生したマナグア地震は、首都を壊滅させ1万人以上の命を奪いました。しかし独裁政権を敷いていたソモサ政権は、国際社会からの復興支援金を横領し、市民の怒りを買います。この不正が反政府組織サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)への支持を一気に高め、最終的に1979年のサンディニスタ革命へとつながりました。災害が政権の腐敗を浮き彫りにし、革命の土壌を育んだ典型例です。

2008年にはミャンマー南部をサイクロン・ナルギスが直撃し、約14万人が犠牲となりました。当時の軍事政権は国際的支援の受け入れを渋り、国民の苦境を軽視したことで、国内外からの批判が集中。これが軍政の正当性を大きく損ない、2010年の形式的民政移行を促す一因となりました。その後、アウンサンスーチー氏の釈放、国民民主連盟(NLD)の選挙復帰、2015年の民政選挙と、政治体制は次第に変容していきます。ここでも天災が統治体制の揺らぎを生み出す転機となりました。

そのほかにも、1976年の中国・唐山地震が「四人組」の失脚や文化大革命の終焉を後押しした例、1991年のフィリピン・ピナトゥボ火山噴火がアメリカ軍の基地撤退を決定づけ、フィリピンの主権意識と脱アメリカ依存を促した例、2004年スマトラ沖地震と津波によって、インドネシア・アチェ州が武装独立紛争を終結し特別自治を獲得した例、さらに2010年のハイチ地震によって国家の統治能力が崩壊し、国際社会が実質的な統治支援を担うようになった例など、天災が政変の契機となったケースは枚挙にいとまがありません。

天災は自然現象であると同時に、時として歴史の方向を大きく変える政治的な引き金にもなり得るのです。

ミャンマーの行方

2025年3月28日、ミャンマーはマンダレー近郊を震源とするマグニチュード7.7の巨大地震に襲われました。この地震は広範囲にわたって激しい揺れをもたらし、本震発生から10日間で400回を超える余震が続くなど、多くの人命と財産に甚大な被害を及ぼしました。すでに内戦と経済危機に直面していたミャンマーにとって、今回の地震はまさに国難と言える打撃となっています。

これに先立ち、(上述の通り)ミャンマーでは2010年ごろから軍政から民政への移行が緩やかに進み、民主化の兆しが見え始めていました。しかし、2021年2月1日、国軍がクーデターを起こし、政権を再び掌握。国は軍政の支配下に逆戻りし、民主化の歩みは断ち切られました。クーデター後、国軍は非常事態宣言を発し、最高司令官ミンアウンフライン上級大将が実権を掌握。これに対して全国各地で大規模な抗議デモが発生しましたが、軍は容赦なく武力弾圧を行い、多くの市民が命を落としました。その結果、ミャンマーは内戦状態に突入し、国家の統治機能は崩壊寸前となっています。 下図は、フリージャーナリストのThomas van Linge氏が作成した、2025年1月時点の勢力図です。緑色の国軍(Junta)の支配地域は国土の1/3から半分ほどにとどまり、多くの地域は少数民族武装勢力や反政府組織の手に渡っています。

(出典:https://x.com/ThomasVLinge/status/1885705132538462372)

そんな状況下で発生した今回の地震は、軍政の統治能力への信頼をさらに揺るがす結果となりました。軍政は2008年のサイクロン・ナルギスの時と異なり、国際支援の受け入れには応じたものの、救助活動の妨害や停戦合意後も空爆を続けたと非難されています。これにより、被災地では人道危機が拡大し、雨季(6月~9月がピーク)を前に復興の見通しも立っていません。

国民の間では、軍政の正当性そのものに疑問の声がますます高まっています。このまま内戦の趨勢が一気に動き、反政府勢力が軍政を打倒する可能性も現実味を帯びてきました。その時、最大民族ビルマ族と各少数民族が手を取り合い、民主的国家への再建を目指すのか。それとも民族ごとに小国が乱立する分裂国家の道を進むのか――。

いずれにしても、大地震という天災がミャンマーの運命の歯車を早めたことは間違いありません。

(根来 諭)
April 23, 2025


メルマガ申し込みはこちら

信頼できる危機管理情報サービスとして続々導入決定!

スペクティが提供するAI防災危機管理情報サービス『Spectee Pro』https://spectee.co.jp/feature/)は、多くの官公庁・自治体、民間企業、報道機関で活用されており、抜群の速報性・正確性・網羅性で、危機発生時の被害状況などをどこよりも速く、正確に把握することが可能です。

また、『Spectee SCR』https://spectee.co.jp/service/specteescr/)はサプライチェーンに影響を与える危機を瞬時に可視化し、SNS・気象データ・地政学リスク情報など様々な情報をもとに、インシデント発生による危機をリアルタイムで覚知し、生産への影響や納期の遅れ等を迅速に把握することができます。

Share this with: