コラム

危機管理に効く「地政学」のススメ(後編)

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前編では、地政学という学問についてや、基本的な概念や考え方をご紹介しました。後編では、それらを現在の国際問題にあてはめて考察してみることにします。

米中対立を読み解く

現在の国際情勢において、最大のトピックは「米中対立」ではないでしょうか。

中国はもともと世界第3位の広大な土地を持つランドパワーでしたが、近年では大幅な経済成長を成し遂げて国外に力を向ける余裕が生まれたことから、空母を建造するなど海洋進出(シーパワー化)を急速に進めています。これは世界最大のシーパワーである米国にとっては看過できないことで、地政学的なすみ分けができなくなっていることが基本的な構図と言えます。

前編で「シーパワーは、港を含む海上交通路や経済拠点のネットワークを持つ」と説明しましたが、それがわかるのが尖閣諸島の問題です。日本政府は歴史的にも、国際法上も明確に尖閣諸島は日本の領土であり、領有権の問題は存在しないというスタンスですが、なぜ近年になって急に中国はその領有権を強く主張し始めたのでしょうか。それは、中国がシーパワーとしての「拠点」を海上に得て、日本海や東シナ海を制覇するための足掛かりを持ちたいというのがその背景です。

その他にも、南シナ海での人工島の建設、スリランカなどでの港の建設、ジブチへの基地配備など、地政学的な観点から戦略的に「リムランド」に楔を打ち込んでいることがわかります。また、習近平政権が掲げる「一帯一路」は、陸と海の両方で中国とユーラシア大陸の国々を結んで貿易を促進する構想ですが、まさにこれまでのランドパワーに加えて、シーパワーを得ようという意図がそこから明確にうかがえます。

こうした中国の動きに対抗するのが、米国のインド太平洋戦略やその中心概念である「クアッド(日米豪印4か国の枠組み)」で、民主的国家が結束して中国をけん制しようとしています。また、日本も独自に「自由で開かれたインド太平洋」戦略を打ち出していますが、いずれも、インド洋・太平洋に張り出してシーパワー化する中国をハートランドに押しとどめることを狙ったものです。

人類の歴史を振り返ってみると、ランドパワーとシーパワーが両立した例はありません。ローマ帝国は広大な領土と道路など物流網を誇り、ランドパワーとして栄華を極めましたが、海洋進出とともに衰退しました。シーパワーの日本も、太平洋戦争では海の支配に加えてユーラシア大陸への進出を試み、第二次世界大戦での敗戦により失敗に終わりました。ランドパワーとシーパワーを同時に手に入れようとする中国の覇権的な動きがどう帰着するのか、こうした地政学の枠組みから見ることが有効だと考えられます。


地政学の視点からロシアを見る

もうひとつの例として、ロシアという国とその動きを、地理的な条件をもとに見てみましょう。

ロシアの国土面積は17,098平方キロメートル。2位のカナダの9,985平方キロメートルを大きく引き離して世界で最大の国です。しかし、ロシアの地理を立体的に見てみると、ウラル山脈が南北に国土を分断しており人の往来を制限していることから、その東西で様相が全く異なります。ウラル山脈より東はウラル・シベリア・極東の3つの地域に分けられますが、人口は少なく、開発は進んでいません。一方、欧州に近いウラル山脈より西のエリアは、面積としては全体の24%にすぎませんが、人口の実に74%が集中しており、首都のモスクワやサンクトペテルブルクといった都市もこちらに位置します。

また、国土の北側は、近年地球温暖化で変わりつつあるものの、大変寒冷な地域で、冬も含めて年中利用できる不凍港は少なく、自由に海に出ていける環境ではありません。そして西側には欧州やアメリカなどのNATO勢力が控えています。こうして見てみると、広大な土地を持ち、広く海に面したロシアが、実は様々な地理的な条件による制約を抱えていることがわかります。

ロシアは2014年、ウクライナのクリミア半島を強引に併合し、世界に衝撃を与えました。地政学的にその背景を読み解いてみましょう。一つ目の理由としてロシアは、NATO勢力との間のバッファゾーンに位置するウクライナに対する影響力を何としてでも保持したかったということがあります。二つ目の理由としては、クリミア半島にある良港「セヴァストポリ港」を支配することで、黒海を通って地中海に出ていくルートを確保したかったという背景があります。前述したようにロシアの北側は寒冷で自由に海にで出ていく事が難しいために、この「黒海ルート」を保持することはロシアにとって死活問題となるのです。



地政学はひとつの考え方、フレームワークであり、国際情勢の詳細を全て説明できるものではありません。しかし地政学の観点に立って地図を眺めてみると、また異なる様相が見えてくることも事実です。企業の危機管理担当としても、例えば海外への進出候補地を決める、サプライチェーンを設計する、赴任者や出張者の安全を考えるといった際に、地政学的な知識や観点は大きな味方になるのではないでしょうか。

(SN)
October 13, 2021

参考情報

Prisoners of Geography
www.amazon.co.jp/dp/1783962437

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