WTW Global Supply Chain Risk Report 2025を読む:激化するサプライチェーンリスクへの対抗策

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世界有数のリスクマネジメント・保険ブローカー企業であるWTW(ウィリス・タワーズワトソン)が「WTW Global Supply Chain Risk Report 2025(グローバル・サプライチェーン・リスク・レポート2025)」を発行しました。本稿ではこのレポートから読み取れる、サプライチェーン・リスクマネジメントに関する示唆を紹介します。

リスク環境の変化と長期的な影響への焦点のシフト

まず第一に、このレポートはリスク環境が劇的に変化していることを示唆しています。

下記のグラフが示すように、現在企業が最も懸念するリスクとして地政学的リスクインフレーションが挙げられ、地政学的リスクは、2023年の35%の回答者がトップ懸念事項(トップ3にランク付け)と回答していたのに対し、2025年には55%に急上昇しました。その背景には、ロシア・ウクライナやパレスチナで長引く紛争や、覇権国家たる米国のふるまいの不確実性、米中の関税戦争といった政治的緊張が、複雑に接続したサプライチェーンに対する大きなリスクとなっていることにあります。また、同様にインフレも懸念事項として浮上し、2023年の31%から2025年には55%がトップ3リスクに挙げました。インフレは、特に調達や輸送における運用コストの上昇を通じてサプライチェーンコストに広く影響を与えており、企業はその負担を軽減するためにサプライチェーン戦略を大幅に見直すことを余儀なくされています。

さらに、直近のアサヒビールやラクスル対するランサムウェア攻撃を挙げるまでもなく、サイバーリスクは今後2年間で最も大きな影響を与えると予測されており、トップ懸念事項として2023年の5%から2025年には16%に上昇しました。また、旧来からのリスクである自然災害のリスクも決して下がったわけではなく、パンデミックリスクの重要度が相対的に下がったこと以外はリスク環境は全般的に厳しくなったと言えるでしょう。

ひとつ興味深いのは、「Which of the following potential impacts of supply chain disruption would pose the greatest risk to your business?(次のうち、サプライチェーンの混乱による潜在的な影響の中で、あなたの企業にとって最も大きなリスクとなるものはどれですか?)」という質問に対する答えとして、企業は短期的な売上損失よりも、サプライチェーンの混乱による「評判へのダメージ」「顧客の信頼へのダメージ」を最大のリスク影響と見なしているということです。サプライチェーンリスク管理の焦点が、長期的な戦略的影響に移っていることがわかります。

サプライチェーンリスク管理体制の不足

サプライチェーンリスクの管理体制について見てみましょう。

下記の左図を見ると、サプライチェーンリスクの根本原因について「完全にコントロール下にある」と回答した企業はわずか8%未満にとどまっていることがわかります。その認識の通り、右図にあるように実に63%の企業が「予想よりも高い損失」を継続して経験しているという厳しい現実がわかります。これは、サプライチェーンリスクが手に負えないほどに深刻で、実際に事業に影響が出ていることを示唆してます。

次に、下記のグラフからわかるように、企業は今後3〜5年間でリスクに対処する最大の課題として内部能力の欠如を挙げています。最も重要視されているのは、「内部のリスク管理ツールと洞察の欠如」であり、回答者の86%以上がこれをトップ3の懸念事項として認識しています。また、リスク管理の基礎となるデータと知識の不足も構造的な課題となっています。「データ、知識、およびこれらのリスクの理解の欠如」を挙げたのは回答者の84%に達し、必要なサプライチェーン・リスクデータを収集するためのプロセスを導入済みであると回答した企業は、2023年の12%から2025年には9%に減少してしまっています。

さらに、階層の深いところにいるサプライヤーの可視性の欠如も深刻化しています。下記の左図からわかるように3次サプライヤーのリスクに対する洞察を持っていると回答した企業は、2023年の66%から2025年には54%に低下しており、ブラックボックスが解消されずに悪化し、リスクが波及的にサプライチェーンに影響を与え得る状況は変わっていないと言えるでしょう。そして、下記右図は「Who is responsible for supply chain risk in your organization? (誰がサプライチェーンリスクに責任を負いますか?)」に対する回答ですが、「調達部門」や「サプライヤー管理部門」が減少し、「CXO」や「リスクマネジメント部門」が増加していることから、サプライチェーン・リスクマネジメントが、一機能部門における課題から全社的な課題に格上げされていることが見て取れます。

サプライチェーン・レジリエンスを構築するために

続いてレポートは、レジリエンス構築のための戦略的要素として「データの質の向上」「サプライヤーとの関係強化」があると指摘します。

企業は前述の管理体制の不足とデータギャップに対応するため、最もインパクトのある打ち手として「デジタル変革」(41%がトップ3に回答) と「より豊富で質の高いデータの利用可能性」(同46%)を挙げています。また、サプライチェーンリスクを管理するための最も重要な戦略として、「データの質の向上とデータ共有」が2023年の43%から2025年には58%へと急増しており、経験や勘ではなく、データ主導でのアプローチへのシフトが起きていることが確認できます。こうした質の高いデータを活用することは、サプライチェーンを可視化し、意思決定の精度を高めることにつながります。企業はサプライチェーンについて効率性(コスト削減)から強靭性(レジリエンス)に比重を移しつつあり、その土台となるのが「データの質の向上」だと言えるでしょう。

データの質の向上と並ぶ決定的な要素が「サプライヤーとの関係強化」です。サプライチェーンリスクを軽減するために最も重要な戦略として、「サプライヤーおよび顧客との関係改善」が2023年の54%から2025年には60%に増加し、トッププライオリティとなっています。現代の複雑なリスクに対処するためには、契約上の義務を履行するだけの関係ではなく、信頼に基づいた協調的なアプローチが不可欠であると言えるでしょう(実際に、69%がサプライヤーとの協力的なアプローチを開発することが重要だと考えています)。また、サイバーセキュリティの観点から見ても、サプライヤーや他のサードパーティを含むサイバーリスクに対する明確な役割と責任を確立し、伝達することが重要であると79%が回答しています。しかし、サプライヤーのビジネス上の機密や知的財産を保護に関する懸念があり、それがサプライチェーンの透明性を妨げていることに76%が同意しているのも事実です。丁寧に信頼関係の構築を進めていく必要があるでしょう。

サプライチェーン・リスクマネジメント強化の鍵は「データの質の向上」と「サプライヤーとの関係強化」にあると言えるでしょう。また、最初の段落で示した通り、サプライチェーン・リスクマネジメントの焦点が「評判」や「信頼」といった長期的視点にシフトしていることも大変興味深いことです。サプライチェーンリスクを適切に管理し、供給を止めないことが、顧客や市場の信頼を勝ち取り、企業価値の向上につながるという認識が広がっていると考えられます。

(根来 諭)
December 10, 2025


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