終結に向かうナゴルノ・カラバフ紛争と地政学リスクへの影響
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旧ソ連構成国のアゼルバイジャンは9月19日、隣国アルメニアとの係争地であるナゴルノ・カラバフで軍事行動を開始しました。Spectee Proでも空襲警報が鳴り響く様子を含めて、マスメディアよりも早く現地の状況をお伝えしていました。ナゴルノ・カラバフでは、2020年と2022年にも大規模な軍事衝突が発生し、双方で数千人規模の死者が出ていましたが、今回はアルメニアが反撃をすることなく、事実上アゼルバイジャンの勝利となって翌20日には停戦合意が結ばれることとなりました。
主要な街であるハンケンディ(アルメニア名:ステパナケルト)に銃声が響き渡る
The ammunition depot belonging to the units of the Armenian armed forces was destroyed.
— Clash Report (@clashreport) September 19, 2023
One of the ammunition depots belonging to the 5th defense brigade of the Armenian armed forces located in the direction of Aghdara was destroyed. pic.twitter.com/qzfeCsZoY4
なぜこのような紛争が起きているのでしょうか。歴史を振り返ってみると、この2か国はともにソビエト連邦を構成する国でした。ソ連時代には、現在のアゼルバイジャンの一地域であるナゴルノ・カラバフという山岳エリアについて、アゼルバイジャンに帰属するものの、アルメニア人が多数居住することからロシア共産党によって「アルメニア人の自治領域」と位置づけられたのでした。
1988年にはナゴルノ・カラバフ自治州の最高機関がアゼルバイジャンからアルメニアへの帰属変更を求める決議を採択しました。アルメニア本国もこの動きを支持したため、アゼルバイジャンは強く反発、民族間の衝突事件も発生しました。その後、1991年にはソビエト連邦が消滅し、アゼルバイジャンやアルメニアが独立する流れになるとともに、翌1992年1月には、ナゴルノ・カラバフ自治州のアルメニア人勢力が独自の共和国の成立を宣言したのでした。これが今に続く武力紛争の端緒となります。1994年にはアルメニア人勢力がナゴルノ・カラバフ自治州およびその周辺の実効支配を確立し、その後は基本的にこの状態が固定化されてきました。アルメニア人勢力は自らの支配する地域を「アルツァフ共和国」と名付け、アゼルバイジャンの国の中にある独立国として運営し、物資については、ラチン回廊と呼ばれるルートを通じてアルメニア本国から供給を受ける形となっていました。ちなみに、今回の軍事活動の前には約9カ月に渡ってアゼルバイジャンがこのラチン回廊を封鎖。ナゴルノ・カラバフのアルメニア人は食料・医療品などが不足していると訴えていました。
今回の戦闘はすぐに終息し、現在ではナゴルノ・カラバフに住むアルメニア系住民が雪崩を打って本国へ避難しており、ロイター通信によると約12万人いるアルメニア系住民はほぼ全員が移住を希望しているとされます。また、9月28日にはアルツァフ共和国の大統領が2024年1月1日をもって全ての国家機関を解散する法令に署名したと報じられました。これをもってナゴルノ・カラバフは名実ともにアゼルバイジャンの帰属となり、長年の紛争が終結に向かうのではと思われます。明日10月5日には、アルメニアのパシニャン首相とアゼルバイジャンのアリエフ大統領がスペイン南部グラナダで会談する予定になっています。
ハンケンディにて、避難しようとしている車で道が埋まっている様子
Stepanakert now. There is an almost 100km line of cars from Nagorno-Karabakh to Armenia as the entire population flees. 120,000 people are leaving their homes. pic.twitter.com/p6rNDz37tl
— Neil Hauer (@NeilPHauer) September 25, 2023
そもそもこのコーカサス地方は国や民族の関係が非常に複雑で、紛争や衝突が起こりやすい地域だと評されます。5,000メートル級の山々が連なるコーカサス山脈を抱き、ロシアとイスラム世界を分かつ分水嶺と言えるエリアです。アゼルバイジャンやアルメニアはトルコやイランと国境を接し、北にあるジョージアは、ロシアとの度重なる軍事衝突の結果、南オセチア共和国やアブハジア自治共和国などの領土がロシア側に実効支配されています。小さな地域ですが、山岳地帯が多いこともあって様々な言語的集団・民族的集団が独立して存在しており、スラブ系の言語を話すロシア人、イラン系のオセチア人、コーカサス系のジョージア人やチェチェン人、独自の文字を持っているアルメニア人、トルコ系のアゼルバイジャン人などが暮らしています。また、宗教もイスラム教(スンニ派とシーア派)、キリスト教(正教、東方諸教会系、カトリック)などがあり、民族と宗教がモザイク状に入り乱れています。
このコーカサス地方において、アルメニアとアゼルバイジャンの関係は、紛争を抱えつつも長年固定化されていました。それが一気に崩れた要因として、このエリアにおけるロシアの影響力低下が指摘されます。上図のように、アゼルバイジャンは民族的に近いトルコを後ろ盾に、アルメニアは同じキリスト教国でもあるロシアを後ろ盾に、一定のパワーバランスが成立していました。しかし、ウクライナ侵攻で疲弊するロシアにはこの地域の紛争に介入する余裕はもはやない・・・そうした見立てがアゼルバイジャンを今回の軍事行動に向けさせたことは疑いがないと思われます。一方のアルメニアは、ロシアが主導する軍事同盟、集団安全保障条約機構(CSTO)の加盟国であるものの、パシニャン首相はCSTOからの脱退を示唆し、米国に接近しています。ロシアの求心力低下が今回の事態につながったと言うことができます。
コーカサス地方での紛争は直接日本に大きな影響を持つものではありませんが、その背景となる「ロシアの弱体化」に目を向けると、各地でパワーバランスに変化が生じることで地政学リスクが高まることが予想されます。中央アジアは中国へ接近していくのか、ロシアと軍事的結びつきが強いインドはどう立ち回るのか、ロシアが影響力を高めつつあった西アフリカの情勢はどうなるのか、色々なシナリオを想定しつつ地政学リスクについて分析していく必要があります。
(根来 諭)
October 04, 2023
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