「シャープパワー」とは:外国による偽情報拡散を理解する
- 国際情勢
- BCP・危機管理
- レジリエンス
ロシア政府系メディアによる情報拡散の動き
日本国内では参院選を迎えた7月に入り、SNS上でロシアによる情報工作が行われている疑いがあることが相次いで報じられました。
日本にロシア情報工作の影 政府系メディアのX拡散3倍超、偽情報も
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCA17CK50X10C25A6000000/
報道では、ロシア政府系メディア「Sputnik」の日本語版Xアカウントが名指しで挙げられ、ウクライナ戦争に関する偽情報やプロパガンダを含め、前年と比べ拡散数が3倍超になったことがわかっています。この他にも、同国の政府系メディアには「RT(旧ロシア・トゥデイ)」があり、ウェブサイトの他、各国語によるXアカウント、さらにはニュースを生放送で配信する外部動画サイトも存在しています。
他方で、ウクライナ戦争後、Facebookを運営するMeta社はRTやSputnikのアカウントを事実上凍結しました。この措置は、ロシアの侵攻に伴い、これら政府系メディアが発信する情報が偽情報と見なされ、欧州各国がその拡散防止を求めたためです。
FIMIとは何か
このように外国政府が意図的に他国の情報環境に働きかけ、世論や意思決定プロセスを操作・攪乱しようとする一連の行為は、FIMI(Foreign Information Manipulation and Interference)と呼ばれます。欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)をはじめ国際社会では、このFIMIが民主主義や安全保障への深刻な脅威として認識され、対策強化が急務となっています。
以上のような経緯もあり、スペクティでは、RTとSputnikのアカウントの情報や、それらを情報源とする投稿は顧客には原則配信していません。
アフリカをめぐるロシアの情報戦略
今回は紙幅の関係で、ロシアの日本に対する影響力拡大には詳しくは触れませんが、現在筆者が特段注目しているのはアフリカに対する影響力拡大です。その背景には、ウクライナ戦争後、国際的な孤立を深める中で新たな同盟国や経済的なパートナーを求める意図があり、例として、民間軍事会社「ワグネル」による軍事支援やロシア製武器の供与が一部のアフリカ諸国で行われています。こうした状況下、RTはアフリカ向けニュースのウェブサイトを開設しています。これらの記事のうち、フランスの旧アフリカ植民地の軍事基地閉鎖を報じる「Adieu: Africa’s military breakup with France is official」を見ると、記事の最後の部分で、以下のような解説を見ることができます。

「軍事基地の閉鎖はフランスではなくアフリカの指導者によって発表されたことから、これはアフリカがフランスの政策を拒否していることを明確に示している。(中略) 西アフリカの国々は、ロシア、トルコ、中国、インド、アラブ首長国連邦と積極的に関係を結び、かつてヨーロッパと結びついた歴史的なつながりから離れている」
ロシアと、アフリカを含むグローバルサウス諸国との関係強化をうたいつつ、かつての植民地支配を想起させる旧宗主国フランスへの批判を強調する内容は、プーチン大統領が2023年にサンクトペテルブルクで行った「公正で民主的な多極的世界秩序の形成を目指す取り組み」を称賛し「新植民地主義に対抗する共同の決意」を確認した演説内容とほぼ一致します。 RTがこのような情報発信をする背景には、ロシアの対外行動を正当化したり、西側諸国の政策への不信や批判を増幅したりすることで、国際社会におけるロシアの影響力を相対的に高める意図があるとされます。
「シャープパワー」とは何か
こうした国際社会での影響力行使に関する議論で、近年注目されるのが、2017年に米国のシンクタンク「NED」のレポート『Sharp Power: Rising Authoritarian Influence』の中で提示された「シャープパワー」理論です。 今年5月に亡くなった国際政治学者のジョセフ・ナイは、かつて「ハードパワー」「ソフトパワー」概念を提唱しました。ハードパワーとは、主に軍事力や経済力などの物理的で強制力のある手段によって、他国の行動や選択を意図的に変えさせる力を意味します。ソフトパワーは、国家が持つ文化、価値観、制度、政策といった「魅力」を通じて、他国が自発的にその国に好意を抱き、支持や模倣へと向かうように仕向ける力のことを指します。 これに対し、シャープパワーは、情報の操作や操作的な宣伝を通じて相手国の社会に浸透し、その政治・世論環境を 「突き刺す」ように歪めたり攪乱したりすることを目的としています。すなわち、偽情報拡散やプロパガンダといった手段によって民主主義国家の言論空間の健全性を損ね、混乱や疑念を生み出すのが特徴と言えるでしょう。 また、権威主義国家が自国では情報統制を強化し外部からの民主的な影響を遮断する一方で、民主主義国家に対しては、その開放性や自由な言論空間を突いて情報環境に干渉しようとするのもシャープパワーの典型例だと指摘されています。
国際社会では、ロシアの政府系メディアはシャープパワーの典型として見なされています。シャープパワーの脅威に対し、西側諸国は、メディア規制や法的措置によって対抗しつつありますが、自由民主主義体制の開放性を維持しつつ、いかに防御するかという課題が重くのしかかっています。偽情報対策については今後も継続して取り上げてまいります。
(大久保陽一)
August 06, 2025
信頼できる危機管理情報サービスとして続々導入決定!
スペクティが提供するAI防災危機管理情報サービス『Spectee Pro』(https://spectee.co.jp/feature/)は、多くの官公庁・自治体、民間企業、報道機関で活用されており、抜群の速報性・正確性・網羅性で、危機発生時の被害状況などをどこよりも速く、正確に把握することが可能です。
また、『Spectee SCR』(https://spectee.co.jp/service/specteescr/)はサプライチェーンに影響を与える危機を瞬時に可視化し、SNS・気象データ・地政学リスク情報など様々な情報をもとに、インシデント発生による危機をリアルタイムで覚知し、生産への影響や納期の遅れ等を迅速に把握することができます。

- お問い合わせ:https://spectee.co.jp/contact/
- お電話でのお問い合わせ:03-6261-3655(平日9:00~17:30)