海の物流、危機管理のカギを握る「チョークポイント」・・・スエズ運河での座礁事故を受けて

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2021年3月23日、日本の会社が所有するコンテナ船が、地中海と紅海を結ぶスエズ運河で座礁事故を起こし、世界中の耳目を集めました。スエズ運河は年間約1万9000隻が行き交う海上交通の要衝ですが、コンテナ船が運河を塞ぐ形になってしまったため、数百隻の船が立ち往生。これにより製造業のサプライチェーンに打撃を与え、原油輸送への影響から原油価格も大きく変動する結果となりました。


チョークポイントとは

スエズ運河は全長193キロメートル、幅205メートルの細く長い運河ですが、ここが通行不能になることによって世界経済に大きな影響が出ました。こうした重要な海上水路のことを、軍事地理学や地政学の用語で「チョークポイント」と言います。

現代は、石油や天然ガスといった生活を支えるエネルギー資源や物資の取引が世界規模に展開されていることから、国の安全保障・エネルギーの安全保障を考える上で、チョークポイントを守ることの重要性が非常に高くなっています。例えば、原油輸入の約9割を中東に依存する日本にとって、その経路上にあるペルシア湾のホルムズ海峡と、マレー半島とスマトラ島を隔てるマラッカ海峡が日本のエネルギーの命運を握る、大切なチョークポイントとなります。



軍事的な面から言うと、チョークポイントは、その「点」を押さえるだけで、水路そのもの(線)や海(面)を押さえることができるという意味で、戦略的に重要です。チョークポイントに船を沈めることで通行を阻害する「Blockships」と呼ばれる戦術は昔からあり、2つの世界大戦におけるイギリス軍や、米国の南北戦争で実行された記録が残っています。直近の例でいうと、2014年に起きたロシアによるクリミア併合での例があります。ロシアは2隻の古い船を港の出入口に沈めることによって、ウクライナ軍が海に出ることを阻害しました。

現代の進化したテクノロジーを使えば、こうした「Blockships」はより容易に実行できるかもしれません。無人の船を遠隔操作して海路を塞げば、戦闘員の命を危険にさらすことなく目的を達成できますし、サイバーアタックによってチョークポイント上の船を航行不能に陥らせる手口も考えられるでしょう。


世界の代表的なチョークポイント

チョークポイントと呼べる地点は大小合わせると数多くありますが、ここでは世界の主なチョークポイントを紹介します。
①スエズ運河
今回注目を集めたスエズ運河も代表的なチョークポイントのひとつです。エジプトのスエズ地峡に位置し、地中海と紅海を結びます。アフリカ大陸の南を回らずに、欧州とアジアを結びつけることができるという意味で非常に重要です。
②バブ・エル・マンデブ海峡
今回紹介する中では最も知名度が低いかもしれません。バブ・エル・マンデブ海峡は紅海とインド洋の間に位置し、スエズ運河と同様に欧州とアジアの間の海運にとって決定的に重要なチョークポイントです。情勢が不安定なイエメンに接しているという点で脆弱性が高いと言えるかもしれません。
③ジブラルタル海峡
地中海と大西洋の間にあり、北はイギリスの領土であるジブラルタル島とスペイン、南はモロッコとスペインの飛び地であるセウタに囲まれた海峡です。地中海を囲む海洋国家群にとっての要衝と言え、現在、北岸のジブラルタルにはイギリス軍が、南岸のセウタにはスペイン軍が駐屯して目を光らせています。
④ホルムズ海峡
ペルシャ湾とオマーン湾の間にあり、北はイラン、南はオマーンの飛び地に挟まれています。世界の原油の約2割、日本に来るタンカーの約8割がこの海峡を通過すると言われており、日本のエネルギー保障に決定的に重要なチョークポイントとなります。イランがタンカーを拿捕する事件なども起きており、西側諸国が厳しく監視の目を向ける海峡です。
⑤パナマ運河
1914年に完成した長さ80km、最小幅91メートル、最大幅200メートルのパナマ運河は、大西洋と太平洋を結び、南米大陸の南を回らずに済むことからアメリカの東海岸と西海岸の航海距離を著しく短縮しています。年間約14,000隻もの船舶が通過することから、経済的な重要性はもちろん、軍事的な物資の運搬の面でも重要なポイントと言えます。
⑥マラッカ海峡
インドネシアのスマトラ島とマレーシアのマレー半島の間に位置するのがマラッカ海峡です。インド洋と太平洋を結ぶ主要な航路で、年間10万隻近い船舶数が通過するとされ、日本の原油輸入にとってホルムズ海峡と並んで大切なチョークポイントと言えます。シンガポールはこの海峡を通る船が寄港する場所として繁栄してきましたが、マレー半島を横切るクラ海峡の構想が浮かんでは消えるを繰り返しており、これが実現するとシンガポール経済は大打撃を受けることでしょう。

これら以外では、フロリダ海峡(フロリダ半島とキューバ島の間)、マゼラン海峡(南アメリカ大陸とフエゴ島の間)、ベーリング海峡(アラスカとユーラシア大陸の間)、ボスポラス海峡(バルカン半島とアナトリア半島の間)などがあり、また日本周辺でも宗谷海峡(北海道島と樺太島の間)、津軽海峡(本州島と北海道島の間)、対馬海峡(九州島と朝鮮半島の間)、関門海峡(本州島と九州島の間)などが重要なチョークポイントとして挙げられます。




今回のスエズ運河での事故で顕在化したように、チョークポイントは国の安全保障・サプライチェーンの危機管理にとっての「脆弱性」が潜むポイントと言えるでしょう。今回のような座礁事故の他に、マラッカ海峡やアフリカのソマリア近くのアデン湾では海賊のリスクもあります。また、イランはその気になればホルムズ海峡を封鎖することもできるはずです。国際情勢を見定める上で、要衝であるチョークポイントに注目することは有効です。また、サプライチェーンの危機管理を考える上では、ひとつのチョークポイントに依存するのを避けて、調達先を分散させるなどの対策を打つことが必要だと思われます。

(根来 諭)
April 7, 2021

参考情報

The Suez Grounding Was an Accident. The Next Blocked Chokepoint Might Not Be (Defense One)
https://www.defenseone.com/ideas/2021/03/suez-grounding-was-accident-next-blocked-chokepoint-might-not-be/173011

石油統計(経済産業省)
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/sekiyuka/index.html


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