ウクライナ危機、サプライチェーンへの影響は
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ロシアは2022年2月24日、ウクライナへの侵攻を開始し、世界が揺れ動いています。
経済を支えるサプライチェーンは、以前のレポートでご紹介した通り、新型コロナウイルスの流行やそれに伴う渡航の制限、半導体の部品不足、人手や輸送コンテナの不足など沢山の要素が絡み合ってすでに大きな混乱の中にあります。そこに今回、ロシアのウクライナ侵略という歴史の転換点となるような危機が勃発し、さらなる混乱が予想されます。
本稿では、ウクライナ危機が世界のサプライチェーンに与える影響を考察してみたいと思います。
◆工業品や材料の供給
国際社会による貿易制裁及び、それに対するロシアの報復措置や、現地での操業停止により、工業品や原材料の供給が停滞するでしょう。中でもレアメタルは、ロシアへの依存が高い品目です。白金族金属と呼ばれるパラジウムは、自動車の排ガス除去フィルターやスマートフォンなどに使われており、産出量の4割をロシアが占めています。既に価格が高騰していますが、ロシアからの輸出が制限される影響でさらなる上昇の可能性があります。その他、ハードディスクや電池の部材になるプラチナやコバルトもロシアが多く供給しています。
また、すでに供給不足に陥っている半導体ですが、その製造にはパラジウムとともにネオンガスが欠かせません。ロシアとウクライナは共にネオンガスの生産国で、ウクライナは世界の高純度ネオンガスの70%近くを供給しています。半導体、特にDRAMやフラッシュメモリの生産への影響が懸念され、パソコンやスマートフォン、記録媒体等の製造が停滞する可能性があります。また、激しい戦闘の舞台となっているウクライナ東部のドネツク州は鉄鋼生産が盛んな地域として知られています。
◆農産品の供給
日本はそれほど依存していないものの、ロシアやウクライナはトウモロコシやライ麦、大麦の有力な輸出国でもあります。現地での農業生産が滞れば、世界的な影響は避けられません。
ウクライナは肥沃な平地を多く持ち、歴史的に「ヨーロッパの穀倉」と呼ばれ、国土の約7割を農用地が占めています。また、ロシアも麦類の生産量が世界有数を誇ります。ロシアの麦類の生産量は、小麦が世界4位、大麦が世界2位。ウクライナは小麦が世界7位、大麦が世界5位。その他トウモロコシの生産量も多くなっています。日本は直接それらの品目を大量に輸入しているわけではないですが、この2か国からの輸出が滞るようであれば、間接的な需給の逼迫と価格の高騰が懸念されます。
参考に、下記は日本が2021年にウクライナ・ロシアからの輸入した主な品目と金額です(億円未満は四捨五入)。
◆金融制裁
EU諸国や米欧は2月26日、国際貿易を円滑に行うためのシステムSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアを締め出す措置をとることで合意しました。これは「金融上の核兵器」とも呼ばれる強力な措置です。ロイター通信によると「ロシアの銀行の約70%が影響を受ける」とされていますが、これにより銀行は世界中の金融市場へのアクセスが厳しく制限され、ロシアの企業や個人は輸出入の代金決済や、海外での借り入れや投資などが困難になります。貿易活動が停滞するのは必至で、これは当然ロシアと取引する側にも影響が及ぶ、諸刃の剣としての一面を持っています。
◆企業の活動停止
当然、紛争下においては企業活動は制限を受けます。ウクライナには57社の日本企業が進出しており(2022年1月時点)、いまわかっているだけでも住友電気工業、JT(日本たばこ子産業)、富士フィルム、フジクラがウクライナでの工場操業を停止、トヨタ自動車のウクライナにおける販売会社も営業を停止しています。その他、国際的な企業としては飲料メーカーのコカ・コーラやカールスバーグ、輸送・配送のフェデックスやUPS、海運大手のモラー・マースクといった企業が操業を停止しています。
また、ロシアにはそれをはるかに上回る347社が進出しており(2022年2月時点)、様々な企業活動が今後停滞する可能性が高いでしょう。
◆物流への影響
ロシアへの制裁の一環として、欧州各国政府が、ロシア国籍の航空機に対して自国の領空を飛行することを禁止する措置を打ち、ロシア政府がその報復として同様の措置を講じる動きがあります。これが広がることで、多くの航空会社がロシア領空を飛行できなくなる恐れがあります。結果として、ロシア上空を通過する日本・欧州間の運航便に大きな制約がかかり、空の物流に影響を与えることが見込まれます。
陸路についても、中国からウクライナを通てEU圏に到達する物流ルートが停滞する可能性がありますが、今のところ中国―欧州の国際コンテナ貨物列車「中欧班列」の運行には影響がないもようです。
◆エネルギーの高騰
ロシアは世界有数のエネルギー大国で、天然ガスは世界第2位、石油は世界第3位の生産量を誇ります。紛争によって実際に供給が滞ったり、滞るのではないかとの懸念が広がれば、原油価格・天然ガスの価格は上がっていくでしょう。
特に天然ガスについては、欧州諸国は需要全体のおよそ3割をロシアから輸入しており、ロシアが制裁への対抗措置として供給を絞ることになれば、欧州での天然ガス価格が跳ね上がります。当然その価格はアジアでのLNG(液化天然ガス)の市場にも及び、大量のLNGを輸入して発電している日本電力会社にとって燃料代が高騰することになるため、電気代が上昇することは免れません。家計への打撃はもちろんですが、製造や物流などのコストアップにつながることは間違いないでしょう。
◆サイバー攻撃のリスク増
サイバー攻撃のリスクが高まっていることも見逃せません。
これまでウクライナの政府機関や金融機関へのサイバー攻撃が確認されていますが、日本政府が制裁に加わることで、その報復として日本の政府や企業が標的になる可能性があります。また、間接的にも、例えば外国企業がサイバー攻撃を受けた際に、日本企業のサプライチェーンに影響が出るケースや、悪用されては困る情報が流出したりする可能性は十分あります。2月23日付けで経済産業省が注意喚起を行っており、普段以上の警戒が必要でしょう。
昨今の情勢を踏まえたサイバーセキュリティ対策の強化について(注意喚起)
https://www.meti.go.jp/press/2021/02/20220221003/20220221003-1.pdf
◆現地IT企業への影響
ウクライナは人件費が安いことに加え、IT関連の教育機関や人材が周辺諸国と比べて豊かであることから、「東欧のシリコンバレー」との異名を持ち、IT開発のアウトソーシングを請け負う企業が多くあります。紛争の激化・長期化でこれら企業の稼働が難しくなると、先進国企業のIT開発に影響を及ぼす可能性があります。
最後に上記を相関図にまとめてみます。
いまや世界は密接かつ複雑につながりあっており、局地的な紛争であっても、現地の方々を苦しめるだけではなく、世界中にその悪影響が及んでしまうことを痛感します。
企業としてできる防衛策は、「今の時代は何が起こるかわからない」ということを肝に銘じることと、地政学的なリスクを十分に分析した上でサプライチェーンを再設計し、一時的にコストが上昇したとしても、在庫の積み増し、代替調達先の確保などの対策を地道に打っていくしかないでしょう。
(根来 諭)
February 28, 2022
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