戦争とナラティブ――偽情報とAIが変える情報空間を考える(中)

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前回に続き、リトアニアで開催された「GlobalFact 2026」での議論に加え、今回はより広くAIと情報空間全体のあり方について考えてみたいと思います。

現在、生成AIは日常生活の中で当然のように存在し、時には偽情報の拡散に加担する道具にもなっています。しかし、偽情報を見抜くのにもAIが使われています。では、この二つのAIがぶつかり合ったとき、何が起きるのでしょうか。この種の問いはファクトチェックなどに関する国際会議において、数年前から必ず提起されるテーマでありながら、筆者の知る限り明確な答えが出されたのを聞いたことはありません。

GlobalFact 2026でも、AIのあり方を問うセッションが数多く行われましたが、なかでも際立っていたのが、AFP MedialabのDenis Teyssou氏と、Internet ArchiveのMark Graham氏による議論でした。

AIを用いた偽情報検知について発表するAFP MedialabのTeyssou氏のセッション
AIを用いた偽情報検知について発表するAFP MedialabのTeyssou氏のセッション

AFP Medialabは、仏AFP通信が運営する検証・研究開発部門です。Teyssou氏はこの部門の責任者を務め、世界中のジャーナリストやファクトチェッカーが利用する検証プラグイン「InVID」の企画・統括を担ってきた人物としても知られています。

一方、Internet Archiveは、1996年に設立された米国の非営利デジタル図書館です。ウェブサイトの過去の姿を保存・閲覧できる「Wayback Machine」の運営元として知られ、書籍や動画、ソフトウェアなど膨大なデジタル資料を無償で公開し「あらゆる知識への普遍的アクセス」を理念に掲げています。Graham氏は、このWayback Machineのディレクターを務めており、日々数億ページ規模でウェブを保存し続けるシステムの運営を統括しています。

一枚の写真が持つ複数の政治的文脈

国をまたいで異なる文脈で拡散した生成AIによる画像
ロシア、ポーランド、スロバキアで異なる文脈のまま使い回された生成AI画像 https://bloknot.ru/obshhestvo/brigadu-polskih-nayomnikov-polnostyu-unichtozhili-na-donbasse-v-strane-zayavili-o-negotovnosti-k-vojne-s-rossiej-1491113.html

上の画像は、今年2月にロシアで公開された後、ポーランド、スロバキアへと国をまたいで拡散した生成AIによる写真です。ロシアでは「NATO軍兵士がドンバスで戦死した」、ポーランドでは「ポーランド軍兵士がドンバスで戦死した」、スロバキアでは「戦死したポーランド人傭兵がポーランドへ送還される」と、まったく異なる文脈で使い回されていました。

この画像を調査したTeyssou氏は、ラウンデル(軍用機の国籍マーク)の誤り、機体登録番号がないといった矛盾を一つひとつ洗い出す一方、GoogleのAI「Gemini」を使って同じ作業をし、指の融合や不自然なプロペラの羽根といった手がかりを引き出し、生成AIによる画像であると結論づけたプロセスを解説しました。そのうえで、こうした手がかりをどこまで採用し、最終的にどのような結論を下すのかは、あくまで「人間が行う判断」であることを強調していました。

動画圧縮で生じる「アーティファクト」

次にTeyssou氏は、本物であるのにAIが生成したと誤解されるケースについても多くの例をあげて説明しました。下の写真のように、SNS上では、プーチン大統領の手がマイクをすり抜けたり、キャサリン妃の指輪が消えて見える動画が大きな話題となったことがあります。これらは、画像や動画を圧縮する過程で本来存在しないノイズや歪みが生じる「アーティファクト」と呼ばれる現象によるもので、それが改ざんの跡のように見えてしまうのです。

プーチン大統領の手がマイクをすり抜けて見える動画 キャサリン妃の指輪が消えて見える動画
圧縮によるアーティファクトが改ざんの跡のように見えてしまった例 (上)https://x.com/Shayan86/status/1500214745718312975
(下)https://x.com/MJkiMemes/status/1772050575367995712

宇宙飛行士の動画は「やらせ」だったのか?

最近起きた事例として、Teyssou氏は、有人月探査ミッション「アルテミスII」をめぐる一件を紹介しました。今年4月、米フロリダ州ケネディ宇宙センターで、宇宙飛行士が打ち上げ前に見送りの人々へ手を振る様子を捉えた映像がSNS上で拡散しました。

下の写真のように、一部のSNS投稿では「群衆がスマートフォンで撮影しているのに、その画面には飛行士の姿が映っていない」ことを根拠に、これは実際にはスタジオで撮影された「やらせ」である、さらにはミッション自体がそもそも存在しないと主張するものまでありました。

アルテミスIIの映像を「やらせ」だと主張するSNS投稿
観衆のスマホ画面に飛行士が映っていないことを根拠に「やらせ」だと主張するSNS投稿 https://x.com/andredimauro/status/2043799431611314633

しかしAFPの調査により、これは捏造ではなく技術的な理由によるものだと判明します。撮影者がスマートフォンを構える観衆を斜め横から捉えていたため、画面に装着された覗き見防止フィルターの影響で暗く映っていたのです。さらに動画自体の画質の粗さも重なり、小さなスマホ画面内の宇宙服の色まで圧縮で潰れていました。

AFPはこの動画の元をたどり、NASAが同じ日にYouTubeで流していた高画質の生配信を見つけ出しました。そこから、圧縮で潰れていない鮮明なコマだけを抜き出して確認すると、複数の場面で観衆のスマホ画面にオレンジ色の宇宙服がはっきりと映っていました。飛行士たちは最初から画面に写っていたのであり、見えなくなっていたのは「やらせ」ではなく、撮影の角度と動画の圧縮という技術的な理由だったのです。

AI検出ツールがもたらす「誤検出」という課題

Teyssou氏の発表のなかで、筆者にとってもっとも印象的だったのは、生成AI画像・動画を検出するツールの「誤検出(偽陽性)」という問題です。AFPは、偽情報対策を担うフランスの公的機関VIGINUM(Service de vigilance et de protection contre les ingérences numériques étrangères)と共同で、複数の検出ツールに数千枚の画像をかけ、検出率と誤検出率の両方を測定しています。

実際、ブラジルのボルソナロ元大統領の息子がホワイトハウスにいる写真が「生成AIである」としてSNS上で拡散した際には、AFPのツールは正しく「AIではない」と判定することができたそうです。

一方で厄介なのは「画像の信号は変化しているが、その持つ意味は変わっていない」ケースです。Teyssou氏は、AI検出ツールを検証する材料として、ニューヨーク・タイムズが公開している「AIか本物か」を当てさせるクイズ企画の中から、下の画像を例に挙げました。

4種類のAI検出ツールすべてが「AI生成」と誤判定した画像
本物の写真を切り抜いただけであるにもかかわらず、4種類のAI検出ツールすべてが「AI生成」と誤判定した画像 https://www.nytimes.com/interactive/2024/06/24/technology/ai-deepfake-facebook-midjourney-quiz.html

これは著名な俳優たちが写っている写真の一部を切り抜いたものです。この画像は、4種類のAI検出ツールのすべてから「AIの生成である」と誤判定されてしまったといいます。

しかし実際には、本物の写真をただ切り抜いただけのもので、その部分に何かが付け足されたり、消されたりしたわけではありません。Teyssou氏は「画像の信号の変化」と「意味(セマンティクス)の変化」は別物だと説明します。つまり、切り抜きや圧縮によって、顔や背景の解像度や情報量が元の写真と変わってしまうと、検出ツールはその信号レベルの変化に反応し「生成AIによるものだ」と誤判定してしまいます。しかし人間は「その画像が何を描いているか(意味)」を総合的にみて判断します。

Teyssou氏自身は、この現象を単純な「ツールの欠陥」とは捉えていません。人間の視点からは誤検出ですが、別な視点に立てば、画像が何らかの処理を経て信号レベルで改変された事実自体をツールは正しく検知しており、「誤検出とは言い切れない」というのです。

実際、TikTokやXが用いている「クロマサブサンプリング」という圧縮技術は、色情報を最大75%間引き、ファイルサイズを半分程度に抑えることで、動画の表示を高速化するための処理です。しかしこれによって、本来はなかったはずの微細な乱れが画像に生じてしまいます。検出ツールはこうした「本来の信号にはない乱れ」を、AI生成時に残る痕跡と同じように扱ってしまうため、両者の見分けがつきにくくなることがあるのです。

これらを踏まえ、Teyssou氏がたどりついたのは、単一の検出ツールが下す判定を鵜呑みにしないという姿勢です。AFPとVIGINUMとの共同検証でも、検出率だけでなく誤検出率を常に併記し、複数のツールを横断的に照合しています。そして、最終的に「意味」が変わっているかどうかを見極めるのはあくまで「人間の判断」である。Teyssou氏は、再度この点を強調していました。

ニュースの「入口」はSNSからAIへ

対照的に、Internet ArchiveのGraham氏が登壇したセッションでは、AIが情報環境全体をどう変えつつあるかという、より俯瞰的な視点からの議論が繰り広げられました。Graham氏は、近年は市民がニュースを得る「入口」が、従来のSNSからAIチャットボットへと変わってきているといいます。

Internet ArchiveのGraham氏が登壇したセッション
Graham氏(右から2人目)が登壇したセッション

Graham氏は、AIが氾濫する現代において自身の役割を自問した末に、世界中の主要チャットボットに同じ質問を定期的に投げかけ、その回答の推移を記録・比較する取り組みをスタートさせました。その結果、すでにチャットボット間の回答に大きなばらつきがあること、そして偽情報の拡散に最適化されているとしか思えないチャットボットが一部に存在することを確認しました。

さらに、Graham氏は興味深い議論を展開します。かつて米誌『カレント・アフェアーズ』編集長のNathan Robinson氏は、主要ニュースサイトの有料課金(ペイウォール)の広がりで、良質な報道への無料でのアクセスが難しくなっている現状を踏まえ、「真実はペイウォールの背後にあるが、嘘は無料だ」と述べました。

Graham氏はこの言葉を引き合いに出し、アクセスしやすく参照可能な形で真実を届けられなければ、情報空間を埋め尽くすのは嘘の方になると指摘します。嘘は決してペイウォールの背後に隠れることなく、誰もが容易く触れることができ、しかも圧倒的な量で発信される。かつてはSNS向けに最適化されていたその嘘は、今やAI向けに最適化されつつあるというのがGraham氏の見立てです。

これは同時に、報道機関がコンテンツのライセンス提供先を一部のAI関連企業に絞り込む一方で、偽情報にはそうした制約が一切ないという非対称性が、生成AIの時代においてより深刻な形で表れているという指摘でもあるでしょう。

「検証済みデータ」を束ねる試みとAIの両義性

Internet Archiveは、こうした構造への対応として「検証済みの文脈情報」を一つに集約したデータベースを構築しています。具体的には、約25万件におよぶファクトチェック記事、学術論文の撤回情報を追う「リトラクション・ウォッチ」のデータ、X(旧Twitter)のコミュニティノート全件、近年増えているMeta社のコミュニティノート、そして近く加わる予定のTikTokの「脚注」機能まで、複数の情報源を横断的に束ねています。

これはリアルタイムで参照できる形にまとめられており、Wayback Machine上で該当する記事を開いた際には、ページ上部に黄色いバナーが表示され、その記事に関する情報があることを知らせる仕組みになっています。

AFPが「個々のコンテンツをいかに見破るか」という現場の技術と、それでもなお残る誤検出という限界に向き合う一方、Internet Archiveは「AIが参照する情報環境そのものをいかに健全に保つか」という、より構造的な問題に取り組んでいます。両者は視点も手法も対照的でしたが、根底にあるメッセージは共通しているように思えました。AIは偽情報を大量生産する脅威であると同時に、使い方次第ではファクトチェックの手を広げる武器にもなり得る両義的な存在だということです。

(大久保 陽一)
September 9, 2026


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