フーシ派とは何者か
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サアダの山岳から始まった集団
2026年6月のレポート「ホルムズ海峡の次に止まるのは?世界の海上輸送「チョークポイント」」で、バブ・エル・マンデブ海峡を、封鎖時の影響が特に大きいチョークポイントの一つとして取り上げました。世界の原油生産量の約10%、コンテナ貨物量の約25%が通過する紅海唯一の南側入口であり、2023年11月以降のフーシ派による商船攻撃で、欧州〜アジア航路がすでに喜望峰経由への迂回を強いられている、という指摘です。その3か月後、事態は別の形で進みました。2026年9月、フーシ派はイエメンの紅海沿岸をほぼ全域にわたって掌握し、海峡の中央に浮かぶペリム島(マイユーン島)まで手中に収めたと報じられています。商船を攻撃してきた勢力が、海峡の片岸そのものを押さえたことになります。10月に入ってからは、サウジアラビアの首都リヤドの国際空港などへのミサイル・無人機攻撃も繰り返しています。では、そのフーシ派とはどのような人たちなのでしょうか。
出自は、イエメン北部サアダ州の山岳地帯です。この地域に根づいてきたのが、イスラム教シーア派の一派であるザイド派です(シーア派全体については「中東情勢を見る上で知っておきたい「イスラム教シーア派」」をご参照ください)。ザイド派は、イランの主流である十二イマーム派とは異なり、法解釈の面ではむしろスンナ派に近いとされ、信徒はほぼイエメンに限られます。同じシーア派だからイラン寄り、という整理では実像を取り違えます。
サアダでは897年にザイド派のイマーム国が成立して以来、千年以上にわたり、預言者ムハンマドの血を引く「サイイド」と呼ばれる家系がイマーム(宗教的・政治的指導者)として北部を統治してきました。この体制は1962年の共和革命で倒れます。王政の終わりとともにサイイドの家々は統治者としての地位を失い、新しい共和国では、かつての支配層として警戒される側に回りました。役職からは遠ざけられ、その宗教的権威も公の場では持ち出しにくくなっていきます。フーシ家もそのサイイドの一族です。つまりフーシ派の根底にあるのは、外から持ち込まれたイデオロギーではなく、自分たちは本来この地を治める立場にあったのに、不当に排除されたという歴史意識です。
この意識を運動へと束ねたのが、フセイン・バドルッディーン・フーシという人物でした。ザイド派の高名な宗教学者を父に持ち、1990年代には国会議員も務めています。彼は当時サアダで始まっていた宗教復興運動「信仰する若者たち」に加わり、2000年ごろその中心に立ちました。当初は若者への宗教教育とザイド派の伝統の再興を掲げる運動にすぎません。それを政治運動へと変えたのが、2000年代初頭の国際情勢です。米国のアフガニスタン・イラク侵攻と、イエメンのサーレハ大統領が米国の対テロ政策に協力したことへの反発から、2002年、フセインは支持者に一つのスローガンを唱えさせ始めます。「神は偉大なり、アメリカに死を、イスラエルに死を、ユダヤ人に呪いあれ、イスラムに勝利を」。今日まで彼らの旗に刻まれているこの文言は「サルハ(叫び)」と呼ばれています。
サーレハ政権はこれを体制への挑戦とみなしました。2004年、政府はフセインに出頭を命じ、応じなかった彼を拘束するためサアダに軍を投入します。政府軍と支持者との戦闘は数か月に及び、同年9月、フセインは殺害されました。皮肉なことに、この掃討作戦が運動の性格を変えてしまいます。宗教運動だったものが、指導者を政府に殺された集団として、武装闘争へと変質していきます。以後、政府軍との戦闘は断続的に六次にわたって繰り返され、殉教した指導者の名をとって「フーシ派」と呼ばれるようになりました。組織の正式名称は「アンサール・アッラー(神の支持者)」、現在の指導者はフセインの弟のアブドゥルマリク・フーシです。2011年の「アラブの春」で中央政府が弱体化すると彼らは一気に南下し、2014年9月には首都サナアを制圧。翌2015年3月、サウジアラビア主導の有志連合が軍事介入し、イエメン内戦は地域紛争へと拡大しました。
数百万人を治める武装組織
ここで前提として押さえておきたいのが、イエメンという国の成り立ちです。イエメンは1990年に南北の統一によって生まれた比較的新しい国家で、アラブ世界で最も貧しい国の一つです。国土の大半は山岳と砂漠で、社会はいまも部族の連合体としての性格を色濃く残しています。部族はそれぞれ武装し、独自の慣習法で内部を律してきました。中央政府の統治が全土に行き渡ったことは、歴史上ほとんどありません。現在も、サナアを含む北部はフーシ派、南部の一部はアデンを拠点とする国際承認政府、さらに別の地域は南部分離を掲げる勢力と、国土は複数の権力に分かれています。つまりフーシ派は「正常な国家から領土を奪った異物」なのではなく、統治の空白が常態だった国で、最も強い実効支配を確立した勢力という位置づけになります。
そのうえで押さえておくべきは、彼らがすでに「反政府ゲリラ」という言葉では捉えきれない存在になっている点です。実効支配する領域はイエメン国土の3割程度にすぎませんが、そこにはサナアやホデイダといった主要都市が含まれ、人口の大半が暮らしています。彼らは徴税を行い、裁判所を運営し、学校のカリキュラムを書き換え、衛星放送局を持ち、国連機関が現地で活動できるかどうかまで左右します。2026年1月には国連世界食糧計画(WFP)が支配地域での活動停止に追い込まれ、5月には支配下の裁判所が有志連合への協力を理由に19人へ死刑判決を下しました。国家ではないが、統治している。この中途半端な主権が、フーシ派への対応を著しく難しくしている根本の原因です。軍事的に壊滅させれば数百万人の統治が空白になり、かといって国家として交渉のテーブルに着かせることもできない。国際社会が十年以上にわたり決定的な手を打てずにいるのは、そのためです。
もう一つ理解しておきたいのが、彼らにとって対外的な戦いが国内統治の資源になっている、という点です。イエメン国内でフーシ派は、腐敗した政権と外国の介入に抗う唯一の勢力として自らを描いてきました。2023年秋以降、ガザ情勢を掲げて紅海で商船を攻撃し、米軍艦にミサイルを撃ったことは、経済的には自国をさらに追い込む行為でしたが、政治的には大きな効果を生みました。アラブ世界で実際に行動した勢力という評判を獲得し、それが国内の動員力と支配の正統性を支えています。対外的な緊張が、そのまま国内の求心力に換算される構造です。したがって、周辺情勢が落ち着けば彼らの行動も収まる、という想定は成り立ちません。
イランとの関係も、しばしば誤解されます。イラン革命防衛隊を通じて武器・技術・訓練が提供されてきたことは広く指摘されており、対艦弾道ミサイル、自爆型無人機、無人水上艇といった手段は、その支援なしには成立しません。一方で、フーシ派をイランの指令どおりに動く代理勢力と見るのは単純化が過ぎます。彼らは自前の歴史と支持基盤を持つイエメンの土着勢力であり、イランの意向と一致しない判断を下すこともある。この点は実務上も重要です。イランとの外交的な取引が成立したとしても、それが自動的に紅海の安全につながるとは限らないからです。
日本企業はどう備えるか
以上を踏まえると、日本企業にとっての論点は三つに整理できます。
第一に、サプライチェーンを揺さぶる相手は、もはや国家とは限らないということです。経済安全保障の議論は「どの国とどう付き合うか」という枠組みで進みがちですが、フーシ派は関税交渉のテーブルにつく相手でも、外交ルートで説得できる相手でもありません。企業にできるのは、相手を動かすことではなく、相手の動きに左右されにくい構造を自ら設計することだけです。
第二に、紅海の混乱は、いずれ収まって元通りになるとは考えないほうがよいということです。2023年11月に始まった紅海回避は、3年近くを経たいまも解消していません。しかも前述のとおり、フーシ派には緊張を維持する国内的な動機があります。喜望峰経由による10日以上の日数増とコスト増は、一時的な例外ではなく、当面続く前提条件として調達計画に織り込むべき段階にあります。
第三に、被害が出る前に価格が動く、という順序を理解しておくことです。2026年7月20日、フーシ派がサウジアラビア関連船舶に対する海上封鎖を宣言すると、バブ・エル・マンデブを通航する船舶の戦争リスク保険料は、船体価格の0.3%前後から0.5%へと数日で上昇しました。実際に船が攻撃されたからではなく、封鎖を宣言したという一報だけで、保険と運賃は動いたのです。つまり、事故や攻撃の発生を知った時点では、コストはすでに動いた後ということになります。その前段にある声明や現地の動きをどれだけ早く掴めるかが、航路の変更や在庫の積み増しといった手を打てるかどうかを分けます。問われるのは情報の量ではなく、届く速さです。
フーシ派は、遠いイエメンの内戦の一当事者にすぎません。しかし、サアダの山岳地帯に発した千年来の対立が、日本企業の調達コストと納期を左右する時代になりました。自社の貨物がどの海峡を通り、その岸に誰が立っているのか。その一点を確かめておくだけでも、次に何かが起きたときの見え方は変わってくるはずです。
出典・参考:フーシ派の沿革および2026年の動向は各種報道による。戦争リスク保険料の水準は保険ブローカー各社の公表情報、海岸線・国境データはGSHHG(Global Self-consistent, Hierarchical, High-resolution Geography Database)ほか。
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