レポート

危機管理に効く「地政学」のススメ(前編)

  • 国際情勢
  • 危機管理

地政学とは

地政学とは、地理的な条件が国家に与える政治的、軍事的、経済的な影響をマクロの視点から研究する学問分野です。英国の地理学者であったハルフォード・マッキンダー(1861年~1914年)や米国の海軍将校であったアルフレッド・セイヤー・マハン(1840年~1914年)などによって理論化された近現代の地政学はその後、ナチスドイツや旧日本軍の領土拡張を正当化する論理の一つとして使われたことから、負のイメージを負いました。また第二次世界大戦後は、資本主義vs共産主義という「イデオロギーの対立」が先鋭化したこともあり、地理に重点を置く地政学は下火の時期が続きました。しかし昨今、書店では地政学をタイトルに冠する本が多く見られ、再び脚光を浴びるようになっています。

なぜ脚光を浴びているのでしょうか。それは、グローバル化が進展し、複雑にからみあってかつ流動的な世の中を読み解くにあたり、1万7000年の人類の歴史を通じて大きく変わっていない地理を軸に考えることの有用性が認められたからだと考えられます。後述するように、現在起きている国際間の対立などは地政学の理論によって、シンプルに整理することが可能です。

地政学的リスクとは、特定の地域が抱える政治的・軍事的・社会的な緊張の高まりや変化が、地理的な位置関係によって、国際政治や経済に及ぼす影響とその要因を指します。具体的にどのような事象を含まれるかの定義は様々にありますが、下記は世界経済フォーラムがGlobal Risks Reportという報告書の中で挙げた項目となります。

地政学は、歴史学、地理学、政治学、軍事学、文化学など様々な見地から研究を行うために広範にわたる知識が不可欠となる学際的な学問ですが、その基本的な考え方に触れるだけでも、国際情勢やそこから生まれるリスクや危機というものを考察する助けになると思われます。ここでは基本的な考え方である「ランドパワーとシーパワー」「ハートランドとリムランド」という概念と、拠点の重要性及びチョークポイントについてご紹介します。


基本的な考え方①:ランドパワーとシーパワー

「ランドパワー」とは、陸上における経済拠点や交通網などを支配・防衛するための軍事力・輸送力を含む総合的な能力を持つ勢力で、ユーラシア大陸にある大陸国家、具体的にはロシア、中国、ドイツなどが該当します。一方で「シーパワー」とは、港を含む海上交通路や経済拠点のネットワークを持ち、それにより海洋を支配・利用するための総合能力を持つ海洋国家で、具体的な例としてはアメリカ、イギリス、日本などが挙げられます。

歴史を振り返ってみると、ランドパワーの国が領土を拡張しようとふるまい、これに対して自分の領域を守ろうとするシーパワーの国が港や基地を整備して権益を守ろうとする、ということを繰り返してきました。そのせめぎあいが歴史を作ってきたと言うことができます。陸路での物流が中心だった時代から、15~19世紀は大航海時代を迎え、スペインやイギリスが世界中の海を制覇したシーパワーの時代でした。19世紀から20世紀前半にかけては鉄道網や道路網などの建設で陸上輸送能力が急激に発達し、ドイツやロシアといったランドパワーの国が台頭、2つの世界大戦を経験しました。そして20世紀後半からにかけては、第二次世界大戦の戦勝国のアメリカやその後勃興した日本がシーパワーの国として繁栄を極めました。


基本的な考え方②:ハートランドとリムランド

ランドパワー/シーパワーという分類は、その国の勢力の性質を表すものですが、領域に関する概念が「ハートランド」と「リムランド」です。

「ハートランド」とは、シーパワーの影響がほとんど皆無であるユーラシアの中央部から北部に広がる領域を指します。現在のロシアと重なるエリアです。このエリアを支配することは巨大なランドパワーを得ることと同義であると考えられていますが、雨が少なく寒冷であり、古くから人口は多くなく、文明が栄えることはあまりありませんでした。一方の「リムランド」とはユーラシア大陸の海岸線に沿ったエリアで、中国東北部から東南アジア、インド半島、アラビア半島を経てヨーロッパ大陸に至る長大なユーラシア沿海領域を指します。この領域は温暖で雨量が多く、農耕の生産性が高く、経済活動が盛んであり、大都市と多くの人口がここに集中しています。

歴史上、厳しい環境のハートランドの国は、豊かなリムランドにたびたび侵攻し、リムランドの国やその外側のシーパワーの国と衝突しています。朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争などが例となります。リムランドとは、「ハートランドのランドパワー」と、「周辺のシーパワー」がぶつかり合い、国際紛争が起きやすい地域と言うことができます。


基本的な考え方③拠点の重要性とチョークポイント

どの勢力がどこに拠点を構えているのかを俯瞰することも、国際情勢を見る際に大変重要です。「シーパワーは、港を含む海上交通路や経済拠点を維持・防衛する」と前述しましたが、最大のシーパワーであるアメリカ合衆国が、多くの駐留人口を抱える海外拠点を見てみましょう。

これら主要な基地が、前述のリムランド及びその周辺に配置されていることにお気づきのことと思います。米国はランドパワーへの対抗として拠点を築き、その拡大を抑え込もうとしているのです。

また、「チョークポイント」という地政学上で非常に大切な概念がありますが、これについては別稿で説明しているためそちらをご参照ください。

海の物流、危機管理のカギを握る「チョークポイント」・・・スエズ運河での座礁事故を受けて
https://spectee.co.jp/report/suez_chokepoint/


後編ではここまで説明した概念を用いて、現在の国際情勢を読み解きます。

(根来 諭)
October 06, 2021

参考情報

The Global Risks Report 2021 (World Economic Forum)
https://www.weforum.org/reports/the-global-risks-report-2021


メールマガジン

Share this with:
コンテンツ一覧

資料ではSpectee Proの特徴や仕組みの他、料金表をまとめております

サービス概要/料金表/無料トライアル申込

お電話でも承ります。

03-6261-3655

お問い合わせ時間:平日 9:00〜17:30

営業目的のお電話は一切受け付けておりませんのでご了承ください。