戦争とナラティブ――偽情報とAIが変える情報空間を考える(下)

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GlobalFactでは、他団体の参加者と交流できる「ネットワーキング」のセッションが設けられているのが特徴です。人脈づくりや団体間のコラボ・連携の機会が得られることもあり、筆者が毎回楽しみにしている時間です。ファクトチェックという行為は、突き詰めれば個人やひとつの組織で完結する仕事ではなく、こうした人と人のつながりの積み重ねの上に成り立っているのだと、このセッションのたびに感じます。

前回のレポートで紹介したWayback MachineのMark Graham氏とも、ここで改めて話す機会を持つことができました。筆者は昨年、欧州の調査機関Bellingcatのワークショップに参加し、ロシア陸軍の情報機関GRUの工作員が出席した結婚式から出席者を特定するという課題に取り組んだことがあります。出席者を特定するには式場のウェブサイトがすでに削除されていたことから、Wayback Machineを使わない限り解けない仕掛けになっていました。こうしたOSINT的な調査をする際に、今やWayback Machineが欠かせない存在になっていることを伝えると、Graham氏は「貢献できて光栄だ」と喜んでいました。

モンゴルと台湾で活動するファクトチェック団体の取り組み

昨年のレポートでも触れたとおり、アジア太平洋地域では各国のファクトチェック団体を束ねる「OASIIS」という連合体を立ち上げようという構想が進んでおり、今回の会議でも発足に向けた話し合いが行われました。特にモンゴルと台湾でそれぞれ活動するファクトチェック団体は、国際的な実績を積み重ねてきたことで、その中心的な担い手となりうる存在です。

モンゴルファクトチェックセンター(MFCC)は、Facebookでの活動を起点に、同国唯一の国際認証を持つファクトチェック専門機関へと発展しました。Meta社のサードパーティ・ファクトチェックパートナーとして、FacebookやInstagram上の偽情報の審査・検証にも公式に関わっているほか、2024年にはFacebook Messenger上でモンゴル初となるファクトチェック専用チップライン(情報提供窓口)である「Asuu(アスー)」を開設しています。「Asuu」はモンゴル語で「質問して」を意味し、テキスト・音声・動画のいずれの形式でも情報を受け付け、検証済みのファクトチェック記事や解説を返信する仕組みです。今回筆者は同団体のEnkh-Urnukh Tsolmon氏から開発の苦労話を直接聞くことができました。

一方で、台湾ファクトチェックセンター(TFC)が取り組む課題の一つは、中国発の組織的な偽情報です。2019年の香港民主化デモをめぐるSNS投稿は、発信元をたどると中国共産党系のアカウントに行き着き、2024年の総統選前に出回った野党優勢の世論調査も、裏では福建省のメディア企業が資金を出していたことがTFCの調査で明らかになっています。中国側には、こうした行為を積み重ねることで、対米支援や台湾軍への不信といったナラティブを広め、世論をじわじわと侵食していく意図があるとみられています。近年は台湾国内のメディアやインフルエンサーを代理に使う手法も強まっており、このような手口の広がりを前に、台湾一国だけで対抗するのは限界があるのでしょう。TFCの担当者が国境を越えたコラボ・連携に前向きなのも、大きくうなずけるところでした。

Graham氏やEnkh-Urnukh Tsolmon氏、TFCのメンバーとは「何か一緒にやろう」と言い合って別れました。組織と組織のコラボ・連携も、突き詰めればこうした個人同士の信頼の積み重ねから始まるのだと思います。

災害情報の連携は何をもたらすか

前々回のレポートでも一部を紹介しましたが、Global Fact 2026の開催地リトアニアはロシアと国境を接することもあり、ロシアによる影響工作を扱うセッションが複数設けられていました。そこでの事例のように、国境を越えたジャーナリスト同士のコラボ・連携は海外においては珍しいことではありません。

ここで少し話は変わりますが、このコラボ・連携というテーマは最近、日本の災害報道の分野でも重要性を増しています。今年、日本は東北地方震源の地震や熊本地震、千葉の豪雨など、数々の災害に見舞われました。これを受け、武蔵大学の奥村信幸教授は「試論 災害報道に『共通プラットフォーム』をつくれないか」のなかで、発災から数時間から数日間、命を守るための情報がなにより重要な局面に限ってでも、メディア各社が「競争」をいったん凍結し、メディア、行政、関係機関が協力して情報を一元的に集約・発信する「共通プラットフォーム」の設立を呼びかけています。

たとえば、テレビは県域免許や全国ネットの編成という枠組みの中で放送している以上、複数県にまたがる被災地のすべてを同時に、きめ細かく伝えることはできません。一方でSNSには現地からの情報が刻一刻と投稿されますが、筆者の業務上の経験からもその網羅性とスピードに、真偽を確かめる精度がどうしても追いつかないと言わざるを得ません。この隙間を埋めることこそが、共通プラットフォームに求められる役割といえるでしょう。

ニュースにかかわる団体が手を組み、災害情報を共有できるプラットフォームが整えば、テレビとは別の伝達経路で、しかもリアルタイムに、必要な人へ情報を直接届けられるようになります。今回の論考も含め、奥村教授はこれまでも、ファクトチェックはニュースの書き手による差別化の余地が乏しく、メディア各社が足並みを揃えてこそ効果を発揮する分野だと指摘し、コラボ・連携の重要性を繰り返し訴えています。

「情報の空白」を埋めるのは誰か

自然災害発災直後には、必ず「情報の空白」が生まれます。正確な情報より先に噂やデマがそこを埋めてしまえば、人々の状況理解そのものが歪んだ形で固まってしまうでしょう。Global Fact2026で紹介されたロシアが仕掛ける情報工作も、仕組みとしては同じ弱点を突いています。検証された事実が届く前に、都合のよい情報を先に流し込んでしまえば、それが現実の理解として定着してしまうからです。悪意の有無や発生源はまったく異なりますが、「情報の空白を最初に埋めた者が、状況の解釈を制する」という点だけは、災害の現場といわゆる「情報戦」の戦場に共通しています。

偽情報やナラティブ工作に対して、コラボ・連携が必要な理由は、攻める側は国境を意識せずに同じ手口を使い回す一方、検証する側は国ごと・組織ごとに縦割りのままであるという点にあります。この非対称な構造を崩すには、検証する側もまた、国境をまたいで動けるようにするしかありません。

さらに、災害報道がコラボ・連携を必要とする理由は、これとは別のところにあります。被災地の全域を一社だけで、リアルタイムに取材・検証しきるだけの人手は、どのメディアにもありません。国境の外から仕掛けてくる相手であれ、災害時に押し寄せる膨大な未確認情報であれ、単独の組織では、空白を埋める速さと正確さをどちらも確保しきれません。

突き詰めれば、攻撃側が国境を越えることで生じる検証の遅れも、災害報道における人手不足も、結局はリアルタイム性、つまり検証速度の問題に行き着きます。たとえば、デマは検証の手続きを経ずに一瞬で広がるのに対し、正確な情報はそれを裏付ける手間の分だけ遅れて届く。災害時にニュースにかかわるメディアと関係機関が手を組む意味があるとすれば、この検証速度の差を少しでも縮めるための、実務上の選択でもあるということです。

「戦争とナラティブ」という題でGlobal Fact 2026を振り返ってきましたが、見えてきたのは、戦場と災害の現場が同じ弱点を抱えているという事実でした。筆者自身、Specteeで日々向き合っているのも、結局は情報の空白をどれだけ速く、正確に埋められるかという一点に尽きます。そして、それを一国・一組織だけで担うのは容易ではなく、国境や組織、団体を越えてどう手を組んでいくか。その問いに、筆者自身も向き合い続けていきたいと思います。

(大久保 陽一)
September 30, 2026


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